一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日)

昭和29年1月15日の岩手日日に掲載されたこの広告は、当時の岩手の人々が抱いていた新しい時代への憧れを鮮烈に伝えてくれます。素晴らしいという威勢の良い感嘆符とともに紹介されているのは、ナショナル製のプラスチック五球スーパー、DX-330型です。当時はまだ木製の重厚なラジオが主流だった中で、最新素材であるプラスチックを用いたこの筐体は、モダンで都会的な生活の象徴として人々の目に映ったことでしょう。

特筆すべきは、この広告が掲載されたタイミングです。岩手県内では前年の12月に、県内初の民間放送であるラジオ岩手が産声を上げたばかりでした。それまではNHK盛岡放送局のみだった選択肢に、民間放送という新しい娯楽の風が吹き込み、岩手の人々がかつてないほどラジオというメディアに熱狂していた時期にあたります。テレビ放送が開始されるのはまだ4年も先の話であり、お茶の間の主役が名実ともにラジオであった時代の空気感がこの1枚に凝縮されています。

価格に目を向けると、13,500円という数字が並んでいます。当時の大卒初任給が8,000円から9,000円程度だったことを考えれば、まさに月給の1.5ヶ月分以上を投じるような高嶺の花でした。それゆえに広告の目立つ位置には6ヶ月の分割払いの表が掲げられており、1回目に3,000円、その後2,000円ずつを支払っていくという具体的な返済計画が示されています。これほどまでの負担を背負ってでも、最新の機械で新しい放送を聴きたいという当時の切実な願いと、千田電器商会という地元の販売店がそれに応えようとしていた商魂が見て取れます。

さらに、広告の下部に記された電話番号に括弧書きで呼び出しを意味する「呼」の文字がある点も、時代背景を物語る興味深いディテールです。1台のラジオが家族だけでなく、時には近隣の人々をも惹きつける磁場となっていたのかもしれません。岩手の放送史における転換期に、一関の街角で誰かがこの広告を手に取り、新しい時代の音色に胸を膨らませていた。そんな情景を思い起こさせる貴重な歴史の断片と言えるでしょう。


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