月: 1955年8月

大船渡港近くの飲み屋が「カンバンだよ」と断ったらカツオ漁師に袋だたき(昭和30年8月27日) k大船渡・陸前高田・気仙郡

大船渡港近くの飲み屋が「カンバンだよ」と断ったらカツオ漁師に袋だたき(昭和30年8月27日)

昭和30年8月28日の河北新報岩手版より。 8月26日から27日に日付の変わった頃のこと。 三重県三木浦港からはるばる大船渡港まで入ってきたカツオ漁船の漁師が、港に近い飲み屋に入ろうとした。 店の親父は「悪いね。もうカンバンなんだよ」 「何だと!?」「何だとでねえこのー?」 口論になってしまい、しま…
盛岡市下太田でスイカ泥棒の少年を斬り付け瀕死の重傷を負わせる(昭和30年8月26日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市下太田でスイカ泥棒の少年を斬り付け瀕死の重傷を負わせる(昭和30年8月26日)

昭和30年8月27日の河北新報岩手版より。 8月26日の未明、盛岡市下太田のスイカ畑で、10人組の少年がスイカ泥棒を企てようとしていた。 そうすると犬が吠える。 畑の入口に行ってみると、少年達がスイカ泥棒をしようとしているではないか! カッとなった65歳の主人は、除草ぐわを投げたらそれが命中して1人…
マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日) e釜石・遠野・上閉伊郡

マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日)

昭和30年8月25日の河北新報岩手版より。 釜石港の沖合のスルメ、鯖、マグロ、メカ漁は最盛期に入っており、水揚げ高は700~800万円にも達していたという。 8月22日は回来船や地元船のスルメやサバ船で43400貫あまり、金額にして900万円であったという。   ところで、ここで言う「メカ…
二戸郡で生活扶助世帯増加(昭和30年8月19日) b二戸・二戸郡

二戸郡で生活扶助世帯増加(昭和30年8月19日)

昭和30年8月19日の河北新報岩手版より。 二戸郡では好天続きで豊作の見込みかと思ったら、群内の村々では生活扶助を受ける世帯が増加しているという。 後年で言えば「生活保護」である。 特に開拓地が多く、昭和28年の冷害と、昭和29年の凍霜害によるものではないかと見られていた。 二戸地方事務所関内では、…
盛岡に痴漢出没(昭和30年8月18日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡に痴漢出没(昭和30年8月18日)

昭和30年8月19日の河北新報岩手版より。 8月16日には盛岡で舟っこ流しが行われ、痴漢が現れたのだという。 それで捜査を行っていた矢先の8月18日、今度は新庄田中(現:若園町)で5歳の幼女が友達と遊んでいると、自転車できた男にいたずらされたのだという。 それで警察は厳重に捜査を進めていた。 &nb…
盛岡~陸前高田の直通バスは翌月実現か(昭和30年8月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡~陸前高田の直通バスは翌月実現か(昭和30年8月13日)

昭和30年8月13日の河北新報岩手版より。 この時点で、岩手中央バスが盛岡~遠野間に、国鉄バスが遠野~陸前高田に路線があった。 この2路線を統合して、中央バスと国鉄バスが盛岡から陸前高田までを通しで運行できるように陸運局に陳情をしていたのである。 これを受け、運輸省から担当者が来県し、実現近しとの見…
金田一温泉プールで第10回東北水泳大会(昭和30年8月12日) b二戸・二戸郡

金田一温泉プールで第10回東北水泳大会(昭和30年8月12日)

昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 県北は金田一村の金田一温泉プールで、第10回東北水泳大会が開催された。 大会経費は24万円だそうで、この経費を稼ぐために大人30円、子供10円の入場料を取っていたという。 2日間で1万人の入場者があり、経費はトントンとのことだった。 金田一温泉プールはこの…
紫波町・紫南中学校の本校舎が完成(昭和30年8月12日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紫波町・紫南中学校の本校舎が完成(昭和30年8月12日)

昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 紫波町の紫南中学校(生徒数522名)の新校舎が完成した。 総工費1055万円で、昭和29年度からの2ヶ年継続工事であり、床板にはフローリングを使用したという。   この紫南中学校、この昭和30年に日詰中学校と赤石中学校を合併して開校したもので、翌…
花巻空襲10周年で全市民が黙祷(昭和30年8月10日) f花巻・稗貫郡

花巻空襲10周年で全市民が黙祷(昭和30年8月10日)

昭和30年8月10日の河北新報岩手版より。 この10年前である昭和20年8月10日、花巻町は空襲被害に遭い、死者45名、焼失家屋673戸で盛岡・釜石に次ぐ被害となった。 この日は正午を期し、全市民が黙祷するという。   写真は花巻のメインストリートである上町通り。 勿論まだ花巻デパートもマ…
村の財政が貧乏で汚い井戸水しか飲めない中学校(昭和30年8月10日) c久慈・九戸郡

村の財政が貧乏で汚い井戸水しか飲めない中学校(昭和30年8月10日)

昭和30年8月10日の河北新報岩手版より。 九戸郡九戸村では、まだ上水道が整備されておらず、飲用水は井戸水に頼っている状況であった。 伊保内中学校では、村の予算が無く、高台の耕地に建てられた校舎の隅に形ばかりの井戸を設けたのだという。 しかし、水面が地面と同じ高さとなり、雨が降れば下水からあふれた汚…
仙台ゆべしの広告も七夕ムード(昭和30年8月7日) m県外・参考

仙台ゆべしの広告も七夕ムード(昭和30年8月7日)

昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 同じ紙面では「仙台に負けまい」と盛岡で七夕が開幕したというニュースが報じられているが・・・   いくら盛岡で「仙台に負けない七夕を」と報じたとは言っても、しょせん河北新報は仙台の新聞である。 広告は仙台のものだし、七夕なら仙台の七夕なのである。 &…
胆沢地方事務所公金横領問題で辞職した県農政課長は葛巻町長に立候補(昭和30年8月7日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

胆沢地方事務所公金横領問題で辞職した県農政課長は葛巻町長に立候補(昭和30年8月7日)

昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 先に、県庁の希望退職で労組が「希望退職させるならまずは胆沢事務所の公金汚職問題の関係者を辞職させろ」と迫った問題で、直接関係は無かったにしろ当時の所長であった相良政行農政課長は辞表を提出するに至った。 相良課長は、当時の阿部千一知事に身の振り方を相談した。 …
リンゴの作柄は平年並み(昭和30年8月6日) f花巻・稗貫郡

リンゴの作柄は平年並み(昭和30年8月6日)

昭和30年8月6日の河北新報岩手版より。 リンゴは「夏の味覚」なのであったという。 本場の青森よりも減収が予想はされていたが、稗貫地方では平年並みの作柄であったという。 紅魁・旭などの早生はこの時期の収穫で、1貫あたり270~280円で市場に卸されたという。      …
県立六原農場が牛乳を市販するのは民業圧迫(昭和30年8月6日) g北上・和賀郡

県立六原農場が牛乳を市販するのは民業圧迫(昭和30年8月6日)

昭和30年8月6日の河北新報岩手版より。 戦前の知事官選制の時代にあって岩手県知事を6年勤めた石黒英彦により創設された国粋主義的農業教育施設「六原道場」は戦後、県立六原農場として再出発していた。 そしてこの時は、生産していた牛乳を北上市内で安く売るなどしていたようである。 このことに対し、北上市内の…
県では赤字財政のため希望退職を募集(昭和30年8月5日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県では赤字財政のため希望退職を募集(昭和30年8月5日)

昭和30年8月6日の河北新報岩手版より。 県では、赤字財政のために希望退職を募集していた。 9月末までに480名の減を予定していたが、実際に集まるのは300名ぐらいだと思っていたところ、何と7月までに辞表が295通に達したのである。 この調子であればもう50人追加で530名でもいけるだろうと目標を変…
盛岡で「今年こそ仙台に負けまい」と七夕が開幕(昭和30年8月4日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡で「今年こそ仙台に負けまい」と七夕が開幕(昭和30年8月4日)

昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 8月4日から、盛岡市内でも七夕まつりが始まった。 「ことしこそ仙台に負けまい」と気合いが入っていたのだという。 それで、大通りや肴町では車馬通行止めとなり、警官が総出で交通整理するなど大変な賑わいであったという。 大通りでは200店が参加し、七夕コンクールを…
宮古の遊園地で小鹿が誕生(昭和30年8月3日) d宮古・下閉伊郡

宮古の遊園地で小鹿が誕生(昭和30年8月3日)

昭和30年8月3日の河北新報岩手版より。 宮古市末広町の双葉遊園地では鹿がいたようであるが、このほどメスの子鹿を生んだとの由 もともとは、宮古市で前年の5月に宮城県林務部の斡旋で金華山のつがいの鹿を円で購入したのだと言う。 これが子供を産んだのだが、なぜか親鹿は子供を寄せ付けない。 かわいそうに思っ…
水沢にプールを新設(昭和30年8月4日) hスポーツ

水沢にプールを新設(昭和30年8月4日)

昭和30年8月3日の河北新報岩手版より。 水沢市体育協会やPTAや校長会などが、水の事故を防ぐために5月末からプール建設準備会を結成していた。 そして市民から寄付を募り、水沢市搦手町の貯水池に工費58万円をかけてプールを建設したのである。 このプールは、長さ40メートル幅25メートルとなっている。 …
山田線の平津戸駅が元気だった頃(昭和30年8月1日) d宮古・下閉伊郡

山田線の平津戸駅が元気だった頃(昭和30年8月1日)

昭和30年8月1日の河北新報より。 広告欄には「岩手のヒバ」として、山田線平津戸駅前の製材所の広告がだされている。 平津戸駅といえば、令和4年(2022年)3月に全列車通過となる「事実上の駅廃止」となっていたてしまったが、往年は木材の積出駅として賑わったのだ。   事実上の廃止に際し、実際…