佐原問題で宮古市議会で証人喚問(S51.3.23)

昭和51年3月23日、岩手県宮古市の市議会では、市政を揺るがす佐原地区の土地取得問題、いわゆる佐原問題を巡る証人喚問が緊迫した空気の中で行われていました。この問題は、岩手県住宅供給公社が宮古市佐原地区内に保有していた約2,100平方メートルの土地を、保育所用地として市に売却しようとした際、その土地に1,000万円もの抵当権が設定されたままになっていたことが発端です。

本来、抵当権は個人の借金の担保であり、これを市民の税金で肩代わりすることは筋が通りません。昭和50年9月の定例議会でこの問題が露呈すると、市役所による土地売買の進め方に対する不信感は一気に高まりました。当初、市は1,900万円の予算を提案しましたが、土地の原価は900万円であり、残りの1,000万円は元の土地所有者が個人で借りていた借金の返済分であったことが問題視されました。結果として予算は削られ、最終的には抵当権のない状態の土地を900万円で買い取ることで決着しましたが、なぜ一度は個人の借金を肩代わりするような計画が立てられたのか、その不透明な経緯が厳しく追及されました。

昭和50年12月に設置された百条委員会による調査を経て、昭和51年3月23日と24日の両日、ついに世間の注目が集まる中で証人喚問が実施されました。調査の焦点は、そもそもなぜ公社が取得した土地に抵当権が付いたままになっていたのかという点にありました。経緯を辿ると、昭和47年に当時の土地所有者が経営難からある人物より1,000万円を借り入れ、その際に佐原地区内の土地を担保に入れたことが判明します。その後、土地は県住宅供給公社に買い取られましたが、抵当権が抹消されない状態で保持され、さらに公社から宮古市へ転売される過程で、市の税金によってその借金を精算しようとする巧妙な構図が疑われました。

証人喚問では、資金の貸し手が、利子も担保も保証人も取らずに1,000万円を貸し付けていたという、商売としては極めて不自然な実態が明らかになりました。また、市職員による秘密裏のあっせんがあったのではないかという疑惑や、特定の個人を救済するための計画的な行為ではなかったかという疑念について、警察当局も捜査を進めました。さらに、この問題には当時の宮古市政における政治的な対立も深く影を落としており、政争が疑惑をより複雑なものにしていました。最終的に土地売買は適正な価格で収束したものの、行政の不透明な処理や政治的な背景については多くの謎が残され、幕切れもすっきりしない印象を残すこととなりました。


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