陸軍大演習を控えて建物が新築される盛岡(S3.9.12岩手日報)

【タイムトラベル】昭和3年、大演習を控えた盛岡の「光と影」

1枚の古い新聞記事から、約100年前の盛岡へタイムトラベルしてみましょう。

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手元にあるのは、昭和3年(1928年)9月12日付の「岩手日報」
秋に開催される「陸軍特別大演習」という国家的一大イベントを前に、街全体が異様な熱気に包まれていた時代の記録です。


■ 街を造り替える「おもてなし」の熱狂

紙面右側を大きく占めるのは、昭和天皇を迎えるために急ピッチで進むインフラ整備の様子です。見出しには「大演習を迎える市内の諸工事」の文字。

  • 神道橋の架設: 参拝や行軍ルートの要所を整備。
  • 近代的な街並み: 洋風建築の改築や足場が組まれた景観。
  • オーバーブリッジ(跨線橋): 盛岡駅周辺に設置されたモダンな階段。
  • 道路の全面改修: 陛下をお迎えする道に一点の曇りも許さない徹底ぶり。

当時の人々にとって、これは単なる工事ではなく、盛岡が「近代都市」として全国に誇りを示す晴れ舞台だったことが分かります。


■ 厳戒態勢:華やかさの裏に潜む「思想警察」の眼光

しかし、この記事の真に注目すべき点は左側の見出しにあります。
盛岡駅を中心に移動警察網を張る」という記事には、現代の私たちから見ると驚くほど生々しい警備の実態が記されています。

「…思想上の犯罪及び要視察人を特に警戒すべく…」

昭和3年は、共産党員らの一斉検挙(三・一五事件)が起きた激動の年。
国家行事を成功させるため、当局は単なる事件事故の防止だけでなく、「思想」そのものを取締りの対象としていました。
「要視察人」と呼ばれたマーク対象者に対し、盛岡駅を拠点とした二段構えの厳重な警戒網が敷かれていたのです。


■ 歴史の欠片が語るもの

新しく塗り替えられた美しい建物や橋と、その影で鋭く光る警察の視線。
この1枚の紙面には、昭和初期が持っていた「近代化への高揚感」と「国家による厳しい管理」という二面性が凝縮されています。

100年前の盛岡市民がどのような思いでこの新聞を広げ、工事中の街を歩いていたのか。
色あせた紙面は、教科書には載っていない当時の「空気感」を今も静かに伝え続けています。

※資料:昭和3年9月12日 岩手日報 第11,424号


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