陸軍特別大演習は雨中の決戦(S3.10.9岩手日報)
1928年10月9日
2026年3月8日
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【歴史秘話】昭和3年10月8日、豪雨の観武ケ原に響いた勝鬨(かちどき)
~岩手日報夕刊が伝えた、陸軍特別大演習クライマックスの記録~

手元にある「昭和三年十月九日(火曜日)」付の岩手日報夕刊(※当時は前日の8日に配達)を開くと、そこには雨中の決戦に沸く郷土の姿が刻まれています。
■ 豪雨を突いた「最後の大決戦」
演習の舞台は盛岡市の観武ケ原(みたけがはら)。紙面には「壮烈な最後の大決戦」という勇ましくも凄まじい見出しが躍ります。
- 泥濘の中の死闘: 激しい雨が降りしきる中、南北両軍の将兵は泥にまみれ、実戦さながらの猛烈な戦闘を展開しました。
- 工兵第八大隊の殊勲: 敵陣の飛行場を破壊するなど、工兵隊の目覚ましい活躍が報じられています。
- 装甲自動車隊の登場: 雨を突いて進む装甲車の様子など、近代化へ進む軍の姿も捉えられています。
「雨を衝いて馬上御勇ましく」
昭和天皇(大元帥陛下)は、激しい雨を厭わず馬上にあり、戦線を御巡視されました。
兵士たちの疲労を「十余日の疲労は如何に」と言葉をかけられ、労われるそのお姿に、居合わせた人々は深く感激したと記されています。
■ 泥に染まった白衣:銃後の献身
記事の中でひときわ目を引くのが「無惨によごれた 看護婦の白衣」という見出しです。
演習とはいえ、救護班の活動は真剣そのもの。降りしきる雨と泥の中、負傷兵(役)を介抱する看護婦たちの白衣は泥だらけになりました。
その「よごれた白衣」こそが、彼女たちの献身と、この演習がいかに「本気」のものであったかを物語っています。
◎ 紙面の隅に見る「時代」
軍事記事の傍らには、当時の世相を映すニュースも並んでいます。
- 外交: 田中首相が対支(中国)関係の好転を展望する談話。
- 地域: 盛岡衛戍病院への侍従御差遣。
- 広告: 時代を感じさせる「一生安心なる求職募集」や「産業組合登記」の文字。
