備考※3

国体聖炎旗リレーは水沢へ h水沢・江刺・胆沢郡

国体聖炎旗リレーは水沢へ

昭和47年までは、国体の「大会旗リレー」が前年の開催地からその年の開催地まで行われていた。 岩波写真文庫183「日本 1955年10月8日」より 昭和30年の秋の国体は神奈川で行われる。 その前年の昭和29年の秋の国体は北海道で行われていた。 それで、国体旗が国道4号線を南下して神奈川を目指すことに…
岩手町ではキャベツを大漁出荷(昭和30年9月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手町ではキャベツを大漁出荷(昭和30年9月2日)

昭和30年9月2日の河北新報岩手版より。 岩手町のキャベツは、普段であれば9月に出回っていたところ、この年は夏蔬菜が早く終わってしまい値が良いので、8月下旬には出回るようになり、貨車が足りないほどであったという。 ここ数年は冷害であったが、この年は豊作であったという。 1俵(6貫)で、大阪300円、…
マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日) e釜石・遠野・上閉伊郡

マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日)

昭和30年8月25日の河北新報岩手版より。 釜石港の沖合のスルメ、鯖、マグロ、メカ漁は最盛期に入っており、水揚げ高は700~800万円にも達していたという。 8月22日は回来船や地元船のスルメやサバ船で43400貫あまり、金額にして900万円であったという。   ところで、ここで言う「メカ…
盛岡~陸前高田の直通バスは翌月実現か(昭和30年8月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡~陸前高田の直通バスは翌月実現か(昭和30年8月13日)

昭和30年8月13日の河北新報岩手版より。 この時点で、岩手中央バスが盛岡~遠野間に、国鉄バスが遠野~陸前高田に路線があった。 この2路線を統合して、中央バスと国鉄バスが盛岡から陸前高田までを通しで運行できるように陸運局に陳情をしていたのである。 これを受け、運輸省から担当者が来県し、実現近しとの見…
金田一温泉プールで第10回東北水泳大会(昭和30年8月12日) b二戸・二戸郡

金田一温泉プールで第10回東北水泳大会(昭和30年8月12日)

昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 県北は金田一村の金田一温泉プールで、第10回東北水泳大会が開催された。 大会経費は24万円だそうで、この経費を稼ぐために大人30円、子供10円の入場料を取っていたという。 2日間で1万人の入場者があり、経費はトントンとのことだった。 金田一温泉プールはこの…
紫波町・紫南中学校の本校舎が完成(昭和30年8月12日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紫波町・紫南中学校の本校舎が完成(昭和30年8月12日)

昭和30年8月12日の河北新報岩手版より。 紫波町の紫南中学校(生徒数522名)の新校舎が完成した。 総工費1055万円で、昭和29年度からの2ヶ年継続工事であり、床板にはフローリングを使用したという。   この紫南中学校、この昭和30年に日詰中学校と赤石中学校を合併して開校したもので、翌…
花巻空襲10周年で全市民が黙祷(昭和30年8月10日) f花巻・稗貫郡

花巻空襲10周年で全市民が黙祷(昭和30年8月10日)

昭和30年8月10日の河北新報岩手版より。 この10年前である昭和20年8月10日、花巻町は空襲被害に遭い、死者45名、焼失家屋673戸で盛岡・釜石に次ぐ被害となった。 この日は正午を期し、全市民が黙祷するという。   写真は花巻のメインストリートである上町通り。 勿論まだ花巻デパートもマ…
村の財政が貧乏で汚い井戸水しか飲めない中学校(昭和30年8月10日) c久慈・九戸郡

村の財政が貧乏で汚い井戸水しか飲めない中学校(昭和30年8月10日)

昭和30年8月10日の河北新報岩手版より。 九戸郡九戸村では、まだ上水道が整備されておらず、飲用水は井戸水に頼っている状況であった。 伊保内中学校では、村の予算が無く、高台の耕地に建てられた校舎の隅に形ばかりの井戸を設けたのだという。 しかし、水面が地面と同じ高さとなり、雨が降れば下水からあふれた汚…
仙台ゆべしの広告も七夕ムード(昭和30年8月7日) m県外・参考

仙台ゆべしの広告も七夕ムード(昭和30年8月7日)

昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 同じ紙面では「仙台に負けまい」と盛岡で七夕が開幕したというニュースが報じられているが・・・   いくら盛岡で「仙台に負けない七夕を」と報じたとは言っても、しょせん河北新報は仙台の新聞である。 広告は仙台のものだし、七夕なら仙台の七夕なのである。 &…
リンゴの作柄は平年並み(昭和30年8月6日) f花巻・稗貫郡

リンゴの作柄は平年並み(昭和30年8月6日)

昭和30年8月6日の河北新報岩手版より。 リンゴは「夏の味覚」なのであったという。 本場の青森よりも減収が予想はされていたが、稗貫地方では平年並みの作柄であったという。 紅魁・旭などの早生はこの時期の収穫で、1貫あたり270~280円で市場に卸されたという。      …
盛岡で「今年こそ仙台に負けまい」と七夕が開幕(昭和30年8月4日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡で「今年こそ仙台に負けまい」と七夕が開幕(昭和30年8月4日)

昭和30年8月7日の河北新報岩手版より。 8月4日から、盛岡市内でも七夕まつりが始まった。 「ことしこそ仙台に負けまい」と気合いが入っていたのだという。 それで、大通りや肴町では車馬通行止めとなり、警官が総出で交通整理するなど大変な賑わいであったという。 大通りでは200店が参加し、七夕コンクールを…
宮古の遊園地で小鹿が誕生(昭和30年8月3日) d宮古・下閉伊郡

宮古の遊園地で小鹿が誕生(昭和30年8月3日)

昭和30年8月3日の河北新報岩手版より。 宮古市末広町の双葉遊園地では鹿がいたようであるが、このほどメスの子鹿を生んだとの由 もともとは、宮古市で前年の5月に宮城県林務部の斡旋で金華山のつがいの鹿を円で購入したのだと言う。 これが子供を産んだのだが、なぜか親鹿は子供を寄せ付けない。 かわいそうに思っ…
水沢にプールを新設(昭和30年8月4日) hスポーツ

水沢にプールを新設(昭和30年8月4日)

昭和30年8月3日の河北新報岩手版より。 水沢市体育協会やPTAや校長会などが、水の事故を防ぐために5月末からプール建設準備会を結成していた。 そして市民から寄付を募り、水沢市搦手町の貯水池に工費58万円をかけてプールを建設したのである。 このプールは、長さ40メートル幅25メートルとなっている。 …
山田線の平津戸駅が元気だった頃(昭和30年8月1日) d宮古・下閉伊郡

山田線の平津戸駅が元気だった頃(昭和30年8月1日)

昭和30年8月1日の河北新報より。 広告欄には「岩手のヒバ」として、山田線平津戸駅前の製材所の広告がだされている。 平津戸駅といえば、令和4年(2022年)3月に全列車通過となる「事実上の駅廃止」となっていたてしまったが、往年は木材の積出駅として賑わったのだ。   事実上の廃止に際し、実際…
東北本線に清水原駅開業 i一関・西磐井郡

東北本線に清水原駅開業

花泉町にある清水原駅は、昭和19年の開設当初は信号場であったところ、地元民や隣接の金沢村によって駅昇格運動が起こっていた。 そうしたところ、いよいよ7月1日に駅として開業することとなったのである。 費用は全額地元負担で、鉄道側の組んだ予算は495万円、そのうち70万円の人件費は地元の人たちの労力奉仕…
一ノ関機関区か1千万キロ無事故達成 i一関・西磐井郡

一ノ関機関区か1千万キロ無事故達成

昭和30年6月21日の岩手日日新聞より。 一ノ関機関区は、青森発上野行112列車の一ノ関駅到着をもって、1千万キロ無事故を達成した。 一ノ関駅では、一関市長や盛鉄局長まで参列して盛大に記念セレモニーが開催された。   ところで、この頃の東北本線の普通列車はC57が牽引していたらしい。 &n…
九戸地区の巡回映画(S30.6.11デーリー東北) c久慈・九戸郡

九戸地区の巡回映画(S30.6.11デーリー東北)

昭和三十年六月十一日のデーリー東北には、岩手県ゆかりの話題として「巡回映画」の予定が掲載されていた。今回の巡回は久慈を中心に行われるもので、六月十七日までは久慈市、十八日から二十日までは種市町、二十一日は大野村、二十二日から二十八日までは軽米町、二十九日は山形村と続く。上映される作品は、稲作をテーマ…
トマト・ナス・瓜はライ麦畑の間に(S30.6.10デーリー東北) c久慈・九戸郡

トマト・ナス・瓜はライ麦畑の間に(S30.6.10デーリー東北)

昭和30年6月10日のデーリー東北に、いかにも北東北らしい興味深い記事が載っていました。 舞台は軽米町にあった岩手県農業試験場九戸分場です。 Screenshot 当時の同分場では、トマト・ナス・ウリ類の苗をライ麦畑の中で育てるという栽培試験を行い、その成績が良好だったと発表しました。ポイントは、背…
シケが幸いしワカメで賑わう九戸沿岸(昭和30年6月4日) c久慈・九戸郡

シケが幸いしワカメで賑わう九戸沿岸(昭和30年6月4日)

昭和30年6月4日のデーリー東北より。 岩手県九戸郡沿岸では、ワカメ採取の最盛期を迎えていたと言う。 5月28日が続いたシケの影響で、ワカメが岸に打ち上げられているため種市の小子内浜ではナギを持って部落民が早出で3500貫ほどを拾いあげたと言う。 55〜6歳の老漁夫は、水から上がって焚き火に当たりな…
平金商店(電話盛岡48番)ではブルースター計算機を絶賛販売中 a盛岡・岩手郡・紫波郡

平金商店(電話盛岡48番)ではブルースター計算機を絶賛販売中

昭和30年5月18日の岩手日報に掲載された広告より。 コンピューターなんてものがなかった昔、計算機といえば「タイガー計算機」とかそういうのが主流だった、ということは知っている。 ブルースター計算機というものがどういうものであったかというと、統計資料館(総務省統計局)のページによれば、以下のとおりであ…