備考※6d

「ノンベエの地獄」盛岡の歓楽街の時間外営業を厳しく取り締まり(昭和31年1月22日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

「ノンベエの地獄」盛岡の歓楽街の時間外営業を厳しく取り締まり(昭和31年1月22日)

昭和31年1月22日の河北新報岩手版より。 この当時、風俗営業法では料飲店の営業時間は深夜11時までと決まっていたようだった。 警察も年末年始や花見のシーズンぐらいはとお目こぼししていたところが、この時期になると不景気風が吹き始めたせいか、時間を守らないのが常態化していた。 これではうるさくて近隣の…
久慈港も予算獲得合戦に参入(昭和31年1月19日) c久慈・九戸郡

久慈港も予算獲得合戦に参入(昭和31年1月19日)

昭和31年1月21日のデイリー東北より。 太平洋の荒波に面する久慈港は、漁船の難破事故が多かった。 そこで、堀込式の港にすることで、この状況を解消しようと言う計画があった。しかし、予算がないことにはどうにもならない。 同じような港湾整備の要求は、全国から43の港から上がっていた。 しかし、そのような…
岩手山の山頂なら仙台のテレビが見れるかも?(昭和31年1月19日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手山の山頂なら仙台のテレビが見れるかも?(昭和31年1月19日)

昭和31年1月19日の河北新報岩手版より。 盛岡市内にはアマチュア無線局は27局あり、東北一であったという。 受信しているだけの愛好家も合わせれば50人はいたのではないかと言われていた。 その盛岡ではアマチュア無線クラブがあったが、この年の目標は「4月に仙台で放送が始まるテレビを岩手山頂で受信しよう…
久慈市の目抜き通りが面目一新(昭和31年1月16日) c久慈・九戸郡

久慈市の目抜き通りが面目一新(昭和31年1月16日)

昭和31年1月16日のデーリー東北より。 1月10日、久慈市計画委員会が行われ、保留していた市街地幹線道路の区画整理の実施大綱を決定した。 久慈駅前からまっすぐ現在の新町通りまで幅20メートルで広くだけなのでこの地帯の立ち退きが必要 新町通りも幅20メートルで片側の家屋は若干立ち退きが必要 東部新町…
久慈や種市の漁港で次々と施設拡充(昭和31年1月15日) c久慈・九戸郡

久慈や種市の漁港で次々と施設拡充(昭和31年1月15日)

昭和31年1月15日のデーリー東北より。 サバ漁で昭和29年来活気を帯びてきた久慈や種市の漁港では、魚市場開設や冷蔵車の新設が目立っている。 八木港では状況が魚市場や冷凍会社を開設し、宿戸や小子内では漁協連合の共同市場を開設したと言う。 また、野田村の漁協でも農林中金に38,000,000円の融資を…
種市町八木港に「消えない導灯」を(昭和31年1月12日) c久慈・九戸郡

種市町八木港に「消えない導灯」を(昭和31年1月12日)

昭和31年1月12日のデーリー東北より。 種市町の八木港では、導灯(航路標識)が消えていたために、前年11月に漁船の遭難事故も発生していた。 そこで、第二管区海上保安本部灯台部では、この導灯を消えないものにする工事をしていた。 また、種市町が昭和29年から陳情運動を行っていた「八木灯台」は予算的に難…
悪書追放のために紙芝居をする大野村の女性(昭和31年1月10日) c久慈・九戸郡

悪書追放のために紙芝居をする大野村の女性(昭和31年1月10日)

昭和31年11月10日のデーリー東北より。 大野村では、悪書追放のために子供たちに紙芝居をしている女性がいるという。 この17歳の女性は、村の農業共済組合に勤めていると言う。 文芸や映画好きなこの女性、もともとは久慈高校大野分校に通っていたのだが、前年の8月に父親が急死してから、一家を助けるために高…
八戸線にディーゼルカーを増強(昭和31年1月8日) c久慈・九戸郡

八戸線にディーゼルカーを増強(昭和31年1月8日)

昭和31年1月8日のデーリー東北より。 盛鉄局では、八戸線の旅客輸送が増えてきたので3月1日から新ディーゼルカーを増強する予定であると言う。 この時点で、ディーゼルカーは5両あったと言うが、それに新車を運転9両加えれば14両となる予定。 ディーゼルカーは、尻内から久慈の間を運転する予定であるが、尻内…
大船渡に国立病院誘致計画(昭和31年1月8日) k大船渡・陸前高田・気仙郡

大船渡に国立病院誘致計画(昭和31年1月8日)

昭和34年1月8日の河北新報岩手版より。 大船渡市では全国の都市に先駆けて、国保の10割給付を行っていたという。 つまり毎年の国保料を支払っていれば無料で医者にかかれるということ? ・・・それはともかく、そのような状態でもあり大船渡市の財政は危機にさらされていた。 それで大船渡市立の病院が建設できず…
石井バレエ・グループ(昭和31年1月6日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

石井バレエ・グループ(昭和31年1月6日)

昭和31年1月6日の河北新報より。 盛岡市菜園の石井バレー研究所では70名の少女たちがけいこに励んでいる。 先生の石井智子氏は二戸郡福岡町出身で、日本女子短大を卒業して東京のバレー界で活躍した、と書かれている。 お弟子さんは3つのグループに分かれ。一番けいこを積んだグループを「ハイクラス」と呼んでい…
釜石には昭和31年の時点で温水プールがあった e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石には昭和31年の時点で温水プールがあった

昭和31年1月6日の河北新報より。 東北水連と釜鉄真道会が共催で、ヘルシンキオリンピックで800mに出場した谷川禎次郎選手を招き、釜石製鉄所の鈴子プールで水泳教室を開催することとなった。 県内の高校・中学校から60人が参加した。   1月とはいっても寒中水泳というわけではなく、気温は4℃で…
野田村の木炭は俵詰ではなく中身の見える箱詰(昭和31年1月5日) c久慈・九戸郡

野田村の木炭は俵詰ではなく中身の見える箱詰(昭和31年1月5日)

昭和31年1月5日のデーリー東北より。 岩手では木炭の生産が盛んであるが、輸送方法と言えば萱俵で包み、運搬するにも型崩れや汚れがひどいと言う状況であった。 そのため、集荷業者による手直しと言う手間もかかっていた。 そこで、野田村の木炭検査場では、箱詰めの木炭を考案した。 その箱は、スリットを作り中身…
安家(岩泉)の山奥でペット用に猿を繁殖させるぞ! d宮古・下閉伊郡

安家(岩泉)の山奥でペット用に猿を繁殖させるぞ!

昭和31年1月4日の岩手日報より。 この昭和31年は申年であり、猿に関する記事が多くみられたが、初代民選知事の国分謙吉には夢があったという。 それは、安家村(現:岩泉町)の山奥で、ペット用に猿を放牧してはどうかというものであった。 犬や猫のように「愛玩動物」として猿を繁殖させようというのである。 明…
いくら河北新報だからって岩手版にまで仙台市内の官公衙の新春広告を出されても・・・(昭和31年1月4日) l全県

いくら河北新報だからって岩手版にまで仙台市内の官公衙の新春広告を出されても・・・(昭和31年1月4日)

昭和31年1月4日の河北新報岩手版より。 河北新報は仙台の新聞なのはわかる。 しかしこの紙面は岩手版なのだ。 岩手版に仙台市内の官公衙の新春広告ばかり出されても岩手の読者としてはどうだったのだろう? あるいは岩手でも「仙台の風」を感じることができてむしろ好評だったのだろうか?…
新生活運動の正月(昭和31年1月3日) l全県

新生活運動の正月(昭和31年1月3日)

昭和31年1月3日の河北新報より。 昭和31年の正月は、「新生活運動が根付いたためか」松飾りはほとんど無く、日本髪の女性もほとんどいなかったのだという。 ただし、県内各地の神社では初詣の人出が過去最高になった所もあったという。 翌2日は、初売りの車が県内各地で走り回っていたという。 写真はどこの初売…
岩手山麓にジャージー種が導入されて3年目 a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手山麓にジャージー種が導入されて3年目

昭和31年元旦の河北新報より。 農林省は、昭和28年に岩手山麓を「集約酪農地域」に指定して、ジャージー種の乳牛を導入することとした。 その第1陣がニュージーランドから到着したのは12月のことで、最初は35頭、昭和29年3月までに259頭、昭和29年度には271頭が導入され、川口・巻堀・渋民・大更・田…
河北新報は岩手版でも初売り広告は仙台の店ばかり(昭和31年1月1日) l全県

河北新報は岩手版でも初売り広告は仙台の店ばかり(昭和31年1月1日)

昭和31年元旦の河北新報より。 元旦の新聞であれば初売り広告は付き物。 しかし河北新報岩手版の初売り広告は、岩手の店ではなく仙台の店ばかり並んでいる。 読者層はそもそも仙台となんらかのつながりがある人ばっかりだったので問題はない、とかだったのだろうか・・・    …
国際港としてのびゆく釜石港(昭和31年1月1日) e釜石・遠野・上閉伊郡

国際港としてのびゆく釜石港(昭和31年1月1日)

昭和31年元旦の河北新報岩手版より。 釜石製鉄所の昭和30年の輸出総額は16万トンで70億円であった。 新春そうそうの1月2日には、日本商船の興名丸(7000トン)が釜石に入港し、アルゼンチン向けにスラブやビレットを積み出すという。 また、松岡開運の松福丸(6890トン)もまた、アルゼンチン向けにビ…
昭和31年の元旦番組(S31.1.1河北新報岩手版) l全県

昭和31年の元旦番組(S31.1.1河北新報岩手版)

昭和31年元日。岩手県内ではまだテレビ放送は始まっておらず、正月の一日はラジオとともにあった。現在のIBC岩手放送は当時「ラジオ岩手」と呼ばれ、新聞に載った番組表は、そのままその年の芸能界の現在地を映す一覧でもあった。放送時間の順に追っていくと、そこには意図のある流れがはっきりと見えてくる。 Scr…
阿部知事・山本盛岡市長の年頭挨拶(S31.1.1河北新報岩手版) l全県

阿部知事・山本盛岡市長の年頭挨拶(S31.1.1河北新報岩手版)

昭和31年(1956年)1月1日付の河北新報岩手版には、新年を迎えるにあたっての岩手県知事および盛岡市長の信念挨拶が掲載されている。そこに並ぶ言葉は、華々しい成長宣言というよりも、戦後復興期を経た地方が直面していた現実と課題を率直に映し出すものだった。 阿部千一知事 ― 生活重視と財政再建を軸に 岩…
久慈で子供たちの年越しパーティー(昭和30年12月31日) c久慈・九戸郡

久慈で子供たちの年越しパーティー(昭和30年12月31日)

昭和31年1月5日のデーリー東北より。 久慈の駅前子供会の会長は、恵まれない家庭の子供たちにも年越しの楽しさを味わわせようと言うことで、子供たち30名を集めて年越しパーティーを行うこととした。 「のんきさん」として知られていた会長は、ねじりはちまき姿で「和製サンタクロース」として現れ、プレゼントをす…
岩手町ではキャベツを大漁出荷(昭和30年9月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手町ではキャベツを大漁出荷(昭和30年9月2日)

昭和30年9月2日の河北新報岩手版より。 岩手町のキャベツは、普段であれば9月に出回っていたところ、この年は夏蔬菜が早く終わってしまい値が良いので、8月下旬には出回るようになり、貨車が足りないほどであったという。 ここ数年は冷害であったが、この年は豊作であったという。 1俵(6貫)で、大阪300円、…
大船渡港近くの飲み屋が「カンバンだよ」と断ったらカツオ漁師に袋だたき(昭和30年8月27日) k大船渡・陸前高田・気仙郡

大船渡港近くの飲み屋が「カンバンだよ」と断ったらカツオ漁師に袋だたき(昭和30年8月27日)

昭和30年8月28日の河北新報岩手版より。 8月26日から27日に日付の変わった頃のこと。 三重県三木浦港からはるばる大船渡港まで入ってきたカツオ漁船の漁師が、港に近い飲み屋に入ろうとした。 店の親父は「悪いね。もうカンバンなんだよ」 「何だと!?」「何だとでねえこのー?」 口論になってしまい、しま…
盛岡市下太田でスイカ泥棒の少年を斬り付け瀕死の重傷を負わせる(昭和30年8月26日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市下太田でスイカ泥棒の少年を斬り付け瀕死の重傷を負わせる(昭和30年8月26日)

昭和30年8月27日の河北新報岩手版より。 8月26日の未明、盛岡市下太田のスイカ畑で、10人組の少年がスイカ泥棒を企てようとしていた。 そうすると犬が吠える。 畑の入口に行ってみると、少年達がスイカ泥棒をしようとしているではないか! カッとなった65歳の主人は、除草ぐわを投げたらそれが命中して1人…
マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日) e釜石・遠野・上閉伊郡

マグロやメカで埋まる豊漁の釜石港(昭和30年8月25日)

昭和30年8月25日の河北新報岩手版より。 釜石港の沖合のスルメ、鯖、マグロ、メカ漁は最盛期に入っており、水揚げ高は700~800万円にも達していたという。 8月22日は回来船や地元船のスルメやサバ船で43400貫あまり、金額にして900万円であったという。   ところで、ここで言う「メカ…
二戸郡で生活扶助世帯増加(昭和30年8月19日) b二戸・二戸郡

二戸郡で生活扶助世帯増加(昭和30年8月19日)

昭和30年8月19日の河北新報岩手版より。 二戸郡では好天続きで豊作の見込みかと思ったら、群内の村々では生活扶助を受ける世帯が増加しているという。 後年で言えば「生活保護」である。 特に開拓地が多く、昭和28年の冷害と、昭和29年の凍霜害によるものではないかと見られていた。 二戸地方事務所関内では、…