m県外・参考 8 11月 1936 飲酒運転に罪悪感ゼロの4コマ漫画 昭和11年11月8日の読売新聞の広告欄より。 岩手とは関係のない話題ではあるが、「これは?」と思ったのであえて掲載することに。 全国版に京都の蔵元「キンシ正宗」が広告に出している4コマ漫画。 キンシ正宗を持った紳士がタクシーを呼ぶ。 「僕の家まで50銭で行かんか」「だめです」 「キンシ正宗を飲んでか… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1936 川徳でトンビやマントなど防寒用具大売出し!(昭和11年11月1日) 昭和11年11月1日の岩手日報より。 川徳では防寒用具の大売出しを行うという、 トンビやマントなどというのが時代である。 … 続きを読む
g北上・和賀郡 21 8月 1936 黒沢尻病院で優等生の少女が発狂(S11.8.21岩手日報) 和賀郡横川目村の小学校高等科2年の優等生の少女が頭痛で黒沢尻の病院に行ったら大声をあげて発狂したと。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 8月 1936 警察練習所のお台所拝見(昭和11年8月1日) 昭和11年8月1日の岩手日報より。 盛岡警察署の西隣にあったという警察練習所の食事風景であるという。 盛岡警察署の西隣というと、現在の岩手県警察本部のあるあたりだろうか。 現在、岩手県警察学校は青山にある。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 5月 1936 岩手公園や高松の池は行楽日和(S11.5.4岩手日報) この当時は「ゴールデンウィーク」など無かっただろうし何より憲法記念日などというものも無かったはずで、それでも行楽日和だったようだ。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 1 5月 1936 田山セツルメント生活日誌(S11.5.1岩手日報) 盛岡友の会による田山セツルメントの生活日誌であるという。 「盛岡友の会」は確か現在の盛岡スコーレ高校を経営している向中野学園と何か関係があったような・・・ … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 5月 1936 盛岡観光祭1日目の様子(昭和11年5月1日) 昭和11年5月2日の岩手日報より。 当時は、桜の季節に「 盛岡観光祭」が行われていたようで、その時の様子が写真記事となっている。 ちなみに、気象庁のホームページ気象庁のホームページによれば、桜の開花の観測は昭和28年から開始されているようであるが、昭和20年代だと開花は4月の下旬ごろだ… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 29 4月 1936 大船渡に大きな船が渡ってきた(昭和11年4月29日) 昭和11年5月1日の岩手日報より。 大船渡の港に、世界的に有数のタンカーであるノールウェイドラフン号が着岸した。 このドラフン号は、12,000トンであると言う。 そして、4500トンの重油を日石タンクにあげた。 この巨大の船の入稿に、気仙郡の郡民の見物客は500人から600人に及んだと言う。 子供… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 4月 1935 凶作に恵まれて?女の失対事業花盛り(S10.4.13岩手日報) 昭和9年は史上稀見る凶作の年だった。 そのせいでか、県内に84ヶ所の農村主婦向けの授産場ができたという。 盛岡市内の浄土宗の寺に設けられた軍服の修繕工場もその1つ。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 4月 1935 厨川小学校でひな祭り(昭和10年4月6日) 昭和10年4月6日の岩手日報より。 厨川小学校でひな祭りをやったというが、4月!? 岩手では旧暦でやっていたのだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 3月 1935 釜石町に大火が発生し22戸が全焼(昭和10年3月7日) 昭和10年3月8日の岩手日報より。 3月7日の午前1時過ぎ、釜石町大渡3丁目から発火、22戸全焼したと言う火災が発生した。 出火と同時に、町役場では吏員が非常召集し救護に出動した。 そして、焼け出された避難民に炊き出しを行い、20日分の食料と、罹災資金20円、被覆は1人につき5円、学用品は3円を配給… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 3月 1935 盛岡・松屋デパートが少年店員募集(S10.3.3岩手日報) 盛岡の松屋デパートでは少年店員を募集していた。 15歳以上ということであったが、松屋デパートが閉店した昭和40年代には40代。 その閉店を見届けたこの時の少年店員もいたのだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 3月 1935 上閉伊郡金沢村では「村民絶対禁酒」(昭和10年3月3日) 昭和10年3月3日の岩手日報より。 上閉伊郡金沢村では、更生村民大会において、村民は絶対禁酒で、この決まりを破ったら冷害の義援金を交付しないと言う決議を行った。 これは、同様に例外に苦しんでいた県内でも珍しいことであった。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 3月 1935 炭焼きしか知らない山の娘は親の死で孤児となり…(昭和10年3月1日) 昭和10年3月3日の岩手日報より。 3月1日の17時半ごろ、一関警察署に14歳から15歳の女の子がきた。 曰く「私をどこかに世話してください」と。 この女の子の本籍地は福島県のようであるが、父は炭焼きをして山から山を渡り歩き、数年前から東磐井郡大津保村の津谷川でこもって炭焼きをしていた。 しかし、昭… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 27 2月 1935 稗貫郡湯口村で県内初の村立病院(昭和10年2月27日) 昭和10年3月1日の岩手日報より。 稗貫郡湯口村では、村立病院を計画しており、2月27日の村議会で満場一致で決定された。 予算総額は7300円で、300円は用地日、5000円を建設費、2000円は設備費で、専属医師1名を置き、他に花巻共立病院や組合病院と協定して、毎日1回か2回、専門医の出張を求める… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 9月 1934 岩谷堂で江刺農村婦人大会(昭和9年9月5日) 昭和9年9月11日の岩手日報より。 「青年のページ」として青年学校など青年に関するニュースが掲載されている。 その中で、写真1枚だけの記事として「江刺農村婦人大会」と掲載されている。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 9月 1934 消火栓の通水試験の成功に盛岡市水道課員は大喜び(昭和9年9月3日) 昭和9年9月5日の岩手日報より。 盛岡市内の消火栓は、泥が溜まっているので、それを吐き出すための通水試験が盛岡市水道課員によって行われた。 まずは中の橋の盛岡銀行横で行われたが、結果は良好で一同大喜びであった。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 9月 1934 与の字橋際のカフェーの名物女の急死(S9.9.2岩手日報) 和9年9月2日の岩手日報を開くと、当時の盛岡で一際異彩を放っていた女性の訃報が、記者の感傷が混じった独特の筆致で綴られています。亡くなったのは、紺屋町の与ノ字橋の袂に店を構えていたカフェー彼女のマダム、よしえさんです。現在では東北電力岩手支店や紺屋町番屋、白沢せんべい店などが立ち並ぶあの界隈は、当時… 続きを読む
b二戸・二戸郡 1 9月 1934 荒沢村の座敷牢放火殺人事件(S9.9.1) 昭和9年9月1日、岩手県二戸郡荒沢村(現在の八幡平市荒屋新町)で、精神疾患により自宅裏手の監置場に隔離されていた男が火災によって焼死する事件が発生した。この監置場は、男が暴行を働くようになったため、同年4月末に木造で建設されたものだった。 焼死した男は、精神疾患を発症する以前は牛馬商を営んでおり、そ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 9月 1934 盛岡秋競馬が開幕(昭和9年9月1日) 昭和9年9月1日の岩手日報より。 この年は史上まれなる凶作の年であった。 そのような中でも、最後の一縷の望みを競馬に賭ける人たちもいた。 その盛岡秋競馬が9月1日〜3日に開催されるというニュース。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 1 9月 1934 二戸郡で犬が次々と謎の病気で死ぬ(昭和9年9月1日) 昭和9年9月1日の岩手日報より。 福岡町を中心に、二戸郡の各村一帯で犬の病気が流行して、5〜6日の短期間で倒れて死ぬと言う恐ろしい状態となっていた。 獣医に聞いても、どのような病気であるかわからないと言う。ただ、人間で言えば腸チフスのようなもので、いちどこれにかかってしまうと、ハクタレルで死んでしま… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 9月 1934 夏休みが終わり帰省中の生徒が次々と次々と盛岡に戻ってくる(昭和9年9月1日) 昭和9年9月1日の岩手日報より。 学校では夏休みが終わり、帰省していた生徒が次々と盛岡駅に戻ってきた。 この当時、夏休みは関東以南同様、8月31日まであったらしい。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 16 8月 1934 あまりの凶作に犬猫まで殺して食べることに 昭和9年は天候不順により凶作の年となった。 どこかの村では、楢の実を食べて露命をつないでいたが、ついにそれも食べ尽くし、犬や猫まで殺して食べることにしたのだという。 この情報を聞いた県では、救済策を講じることになった。 ちなみに、小学校の児童は給食で命をつないでいるという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 3月 1934 三陸大津波に対する東京での動向 昭和8年3月3日に三陸大津波が発生、東北地方で甚大な被害が発生する。 翌3月4日の読売新聞では、むしろ宮城県での被害を大きく報じている。 見出しは以下のようになっている。 惨!生地獄の三陸 震水害地の実地踏査記 宮城県 セメントの空樽に納棺 涙で形ばかりの手向 右往左往哀れ罹災者群 から桑村地方の惨… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 2月 1934 釜石沖にクラゲの大群 昭和9年2月11日のよみうり少年新聞より。 「岩手県釜石沖では~」という書き出しで始まっているこの記事は、この近辺で漁が思わしくないことを解説している。 岩手県水産試験所で調査したところ、これは数十年来見なかったクラゲの大漁浮遊であることが判明したという。 記事にいわく「まるで無数のパラシュートが潮… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1933 岩手医専教授「リンゴをすりおろして食べれば下痢に効果あり」(S8.11.2岩手日報) 昭和8年11月1日の岩手日報には、当時の医学界を驚かせた非常に興味深い記事が掲載されています。岩手医学専門学校の根本教授が東北医学大会で発表した、胃腸病に対する新しい治療法についてのニュースです。この記事は、リンゴの産地である岩手ならではの視点から、赤痢や腸カタルといった当時の深刻な感染症に挑んだ記… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1933 肴町の永卯でスペシアルセール(昭和8年11月2日) 昭和8年11月2日の岩手日報より。 盛岡の中心街・肴町の永卯ではスペシャルセールをするという。 この永卯、この記事を書いている令和4年現在でも肴町でアクセサリーショップとして生業中であるが、この当時はファッションデパートとしての役割であったようだ。 &nbs… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1933 岩手医専教授が胃腸病治療に「リンゴ食療法」提唱(S8.11.1岩手日報) 昭和8年11月1日の岩手日報には、当時の医学界を驚かせた非常に興味深い記事が掲載されています。岩手医学専門学校の根本教授が東北医学大会で発表した、胃腸病に対する新しい治療法についてのニュースです。この記事は、リンゴの産地である岩手ならではの視点から、赤痢や腸カタルといった当時の深刻な感染症に挑んだ記… 続きを読む