札幌の岩手県出身者学生寮「岩鷲寮」が太田村で映画会(S3.9.4岩手日報)
1928年9月4日
2025年7月29日
札幌の地にある岩手県出身者の学生寮「岩鷲寮(がんじゅりょう)」が、岩手県内の太田村で映画会を開催したという記事が昭和3年(1928年)9月4日の『岩手日報』に掲載されている。
現在でこそ、太田村周辺――盛岡市盛南地区は都市的に開発され、大型商業施設や住宅地が広がる地域となっているが、昭和初期においてはのどかな農村地帯であった。そんな地域に、北海道から帰省中の岩手県出身学生たちが足を運び、映画上映という娯楽を届けたことは、当時としては大きな文化的イベントだったのではないだろうか。
この「岩鷲寮」は、後年「佐藤・新渡戸記念寮」として名称を変え、現在も札幌に現存している。岩手から北海道の学校へと進学した若者たちの生活拠点であり、同郷の絆を深める場であったこの寮が、故郷の村とのつながりを大切にし、映画会という形でその思いを伝えていたことが伺える。
なお、同じ紙面には、当時話題となっていた「安城こうり詰め事件(行李詰死美人事件)」も大きく報じられており、全国的な猟奇事件に対する岩手県内の関心の高さも垣間見える。