岩手日報の夕刊の始まり(S5.1.9岩手日報)

【郷土史】岩手日報「夕刊」の幕開け ― 昭和5年、速報にかけた新聞人の情熱

現代ではスマートフォンで「いま」のニュースを知るのが当たり前ですが、かつてその役割を担っていたのは「夕刊」でした。

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今回は、岩手における報道のスピードが劇的に変わった瞬間を、当時の貴重な紙面とともに振り返ります。

1. 岩手日報、待望の夕刊創刊

岩手日報が夕刊の発行を開始したのは、昭和5年(1930年)1月9日付(実際の配達は1月8日夕方)のことでした。

紙面の題字下にある「第一万六百三号」という数字は、明治から続く同紙の歩みを示していますが、この日から「一日に2回、新しいニュースが届く」という新しい生活習慣が岩手の人々に提案されたのです。

2. 全国的な「朝夕刊セット制」の潮流

なぜこの時期に夕刊が始まったのでしょうか。そこには、大正から昭和初期にかけての全国的なメディアの潮流(趨勢)がありました。

  • 震災が生んだ情報の渇望: 1923年(大正12年)の関東大震災を経て、国民の「正確な情報を一刻も早く知りたい」という需要が爆発的に高まりました。
  • 大手紙の攻勢と対抗: 東京・大阪の大手紙が全国展開を強める中、地方紙も速報性を強化して読者を確保する必要がありました。
  • インフラの進化: 鉄道網や電信の発達により、ロンドンや東京のニュースをその日のうちに盛岡で印刷・配布することが物理的に可能になったのです。

3. 昭和5年1月8日の「世界」と「日本」

創刊当時の紙面には、まさに「動いている歴史」が記録されています。

  • 緊迫の軍縮交渉: 「マック(英首相)若槻全権会見」の見出しは、当時のロンドン海軍軍縮会議に向けた緊迫した外交の舞台裏を伝えています。
  • 国家の威信: 「大元帥陛下臨御 陸軍始大観兵式」の記事と写真は、代々木練兵場で行われた荘厳な儀式の様子を、当時の力強い文体で報じています。
  • 時代を映す広告と文化: 紙面下段の「セル仕立コート」の広告や、川口松太郎の小説「黒白変化笠」の連載からは、当時のモダンな市民生活や娯楽の一端が伺えます。

4. 結び:90年の歴史を経て

岩手日報の夕刊は、デジタル化やコスト増といった時代の波を受け、2023年3月末をもって惜しまれつつも休止となりました。しかし、この昭和5年の紙面に溢れる「少しでも早く、正確に伝えたい」という新聞人の熱量は、形を変えて現代の報道にも受け継がれています。

一枚の古い新聞から、当時の岩手の人々が手にした「新しさ」への驚きを想像してみてはいかがでしょうか。


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