一関町役場の吏員の服装を統一(S7.11.2岩手日報)
1932年11月2日
2026年1月1日
昭和7年11月2日の岩手日報に、当時の伝統的な役場の姿を刷新しようとする興味深い記事が掲載されています。
タイトルは「吏員の服装統一 ―一関町役場の試み―」となっており、現在の一関市役所の前身である一関町役場が、新庁舎の落成という節目に職員の身なりを整えようとした当時の様子が記されています。
記事によれば、この改革の目的は職員の気分を更生させること、そして町民の目から見て一目で役場の職員であると判別できるようにすることにありました。町民の利便性を高め、行政としての信頼を得ようとする現代的なサービス精神の萌芽が読み取れます。
具体的な服装の内容については、服の形を襟折と詰襟の二種目と定め、地の色をすべて紺色に統一するとしています。当時はまだ私服に近い姿で執務する職員もいた中で、色と形を揃えるのは画期的な試みでした。
また、服に合わせる小物についても詳細な規定があります。腕章は紺地に白い文字で「一関」と浮かび上がるようにし、職員の等級を示す二本線などを入れること、さらに赤い徽章を着用することなどが決められました。これらを職員全員が一斉に着用することで、新庁舎への移転とともに役場のイメージを一新しようとしたのです。
この記事からは、昭和初期の地方自治体が、ハード面である庁舎の完成に合わせて、ソフト面である職員の意識や外見の改革をいかに重要視していたかが伝わってきます。