盛岡市内小学校合同体育祭(S7.11.3岩手日報)
1932年11月3日
2025年12月13日
昭和7年11月3日付の岩手日報には、前日に岩手公園で行われた盛岡市内小学校体育祭の様子が伝えられている。会場となった岩手公園広場は、ちょうど紅葉の盛りで、秋色に包まれた中に多くの児童や関係者が集まった。

この体育祭は11月2日に開催され、市内の小学校児童が一堂に会する合同の行事だった。紙面によれば、開会にあたって中村盛岡市長がマイクロフォンの前に立ち、「将来の日本を背負うのは君たちであり、そのためには頑健な身体が何より大切だ。今日のマスゲームは、その点で大いに意義がある」といった趣旨の挨拶を述べている。当時としてはまだ新しかったマイクロフォンを使った市長の訓示も、時代の空気を感じさせる場面だ。
競技や演目は、男女別に行われた合同体操をはじめ、仁王小学校、城南小学校、桜城小学校、盛岡小学校などがそれぞれ工夫を凝らした遊戯を披露したとある。広い公園に整列した児童たちが、一糸乱れぬ動きで体操や演技を行う光景は、教育と鍛錬を重んじる当時の学校体育の象徴でもあっただろう。
紅葉の下で繰り広げられたこの体育祭は、単なる運動会というよりも、次代を担う子どもたちの心身の健全さを社会全体で確認する場だったことが、短い記事の行間からも伝わってくる。昭和初期の盛岡の一日を切り取った、そんな紙面である。