和賀川下流で流木を拾った住民が次々検挙(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日付の岩手日報には、当時の社会情勢を伝える興味深い記事が並んでいます。

最も大きな記事は、和賀川の下流で起きた流木の持ち出しに関する事件です。昭和9年7月29日の増水に際し、江釣子村、三ヶ尻村、岩崎村の河岸に大量の木材や薪が漂着しました。これらを付近の住民が持ち去ったため、黒沢尻署が捜査を行い、3村で合計110名余りにのぼる人々が遺失物横領などの疑いで書類送検されました。燃料が貴重だった時代とはいえ、これほど大人数が一斉に摘発されたのは異例の出来事といえます。

また、当時の水沢町からは教育に関する明るいニュースが届いています。花嫁学校として知られた吉祥学園の新校舎が竣工しました。昭和9年9月1日から新校舎での授業を開始しており、同年10月20日には落成式が予定されていました。この学園は現在の水沢幼稚園の母体となった教育施設であり、地域の女子教育の歩みを物語っています。

私的な事件としては、千厩町の料理店に勤務していた女性が、店主の名義を勝手に用いて着物などを手に入れたまま失踪した件が報じられています。女性は岩手郡滝沢村の知人宅に潜伏していましたが、その後発見され、取り調べの末に書類送検されました。

このほか、盛岡市の肴町では建物の煉瓦が剥がれ落ち、通行人が負傷するという事故も発生しています。昭和9年の紙面は、こうした日々の出来事を通じて、当時の岩手の暮らしや世相を今に伝えています。


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