昭和32年4月19日の明け方のこと。

花巻警察署東和派出所に「農協の土沢支所に賊が入って宿直員を殺して逃げた」という通報が入った。

農協に駆けつけてみると、宿直員が頭を割られて瀕死の重傷だ。
直ちに県立東和病院に運ばれた。

状況としては。4月19日に日が変わった午前3時ごろ、階下の事務室で不審な物音がするので降りてみると、泥棒がいるではないか！
それで捕まえようとしたら、バットで頭を殴られたというのである。

宿直員はこの事件を電話で警察に通報し、そのまま息絶えてしまった。

さて、ではこの賊はどこへ逃げたのか。
それは東の遠野方面に逃げるか、西の花巻方面に逃げるかのどちらかであろう。

花巻警察署では、その両方に警察官を非常配備させた。

・・・と、夜がだいぶ白んだ5時ごろ。
土沢から花巻へ向かう釜石街道（現在の国道283号線）に急ぎ足で来る男がいる。

その男は、警察官がいるのを見たとたんに逃げようとした。
この男は怪しい。

2人の警察官はその男に飛びついて緊急逮捕した。

その男は花巻の23歳の男で、札付きの不良であった。

・・・しかし、その男の生い立ちは、かなり恵まれていない。

• 昭和9年、満州・新京（現：吉林省長春）の運送業者の家に生まれる。
• 経済的には恵まれていたが、父は厳格な国粋主義者で子供の人格など認めない教育方針。
• 昭和16年、その父の病気の為に岩手県花巻市に引揚。
• 転校先の花巻小学校では言葉が違うなどでいじめられる。
• 昭和18年、唯一の心の支えだった母が死亡。
• 父は継母を迎えたが全く家になじまず。
• 自宅から卵を盗み出して「卵あげるから友達になって」と与える。
• 昭和19年頃には小学生ながら盗癖や放浪癖が付き、静岡県浜松市で発見されるなど。
• それでも学校の成績はそこそこよく、昭和20年4月に花巻中学校（現：花巻北高）に入学。
• 中学校に入ってもDQNは治らず、結局2年で退学して教護院へ。
• 教護院もたびたび脱走して非行を重ねる。
• 退所後、花巻職業補導所に入ったが、怠け者で酒や煙草に溺れる日々。
• 昭和26年、父の勤める花巻新報社で編集の手伝いをしていたが金の持ち逃げでクビ、東北中等少年院へ。
• 退院後、東京の兄や姉の所に転がり込むも仕事せず。
• 昭和30年に父が死亡するが、花巻警察署の留置場から手錠を付けられたまま葬儀に参列。

DQNになるべくしてなったという経歴である。
人格を認められず育つと、このようになってしまうということであろう。

結局、第一審の盛岡地方裁判所では無期懲役の判決があった。

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