種市で少年店員が主家を一家鏖殺(S10.4.21)
昭和10年4月21日、岩手県九戸郡種市村(現在の洋野町種市地区)で一家三人が惨殺される事件が発生しました。犯人はこの家に住み込みで働いていた17歳の少年で、事件の動機には姉への感謝と思い込み、さらに読んでいた大衆文芸作品『鳴門秘帖』の影響が関わっていました。
少年は貧しい家庭に生まれ、姉(当時26歳)が女給として働きながら弟の学費を支え、高等小学校卒業まで援助していました。しかし、姉が「学資のために借金をしている」と話したことを真に受けた少年は、姉を苦境から救い出そうと決意します。昭和9年3月頃に読んだ『鳴門秘帖』は、親子や姉弟の情愛を描いた内容で、少年はその影響を受け、自分も姉のために何かをしなければならないという使命感を強く抱くようになりました。作品内に登場する斬殺の描写から犯行手口を模倣し、具体的な計画を立てるに至ります。
昭和10年4月21日午前5時頃、少年は物置から持ち出した薪割り用の斧で犯行を開始。最初に起きてきた主婦(当時29歳)を襲撃し、次に寝室で寝ていた主人(当時37歳)を斬殺しました。さらに目を覚ました長女(当時4歳)も襲撃し、瀕死の状態で廊下に現れた主婦に再度斧を振り下ろして殺害。現金60円50銭を奪った後、血痕のついた衣服を着替え、午前5時40分頃、自転車で八木駅方面へ逃走を図ります。
少年は、逃走中に自転車が故障したためこれを捨て、歩いて八木駅に到着します。しかし、午前10時16分発の列車に間に合わなかったため、さらに次の中野駅を目指して移動しました。この間、奪った現金を確認したところ、わずか60円であったことに失望し、姉に全額を郵送することを決意します。
一方、事件発覚後、警察は少年を第一容疑者と断定し、緊急手配を実施。消防組員や地元住民の協力を得て、少年の逃走経路を封鎖しました。同日午前11時頃、中野駅付近で警戒に当たっていた消防組員によって少年が発見され、その場で逮捕されました。
取り調べで少年は犯行の動機を自供し、姉への感謝と、『鳴門秘帖』の影響で犯行に及んだ経緯を詳細に語りました。しかし、その純粋な思いが無惨な悲劇を招いたことは否めませんでした。
昭和10年7月27日、盛岡地方裁判所において少年には強盗殺人罪で懲役15年の判決が下されました。この事件は、文学の影響や善意が絡み合い、悲劇を引き起こした一例として当時社会に大きな衝撃を与えました。