アメリカが対日石油輸出停止(S16.8.3新岩手日報)
1941年8月3日
2026年3月2日
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【歴史の断片】昭和16年8月3日、運命の「石油禁輸」が報じられた日
真珠湾攻撃のわずか4ヶ月前、日本が国際的な孤立を深め、太平洋戦争へと突き進んでいく緊迫した時代の空気が生々しく伝わってきます。

当時の岩手の人々が目にしたであろう、この日の主要なニュースを振り返ってみましょう。
1. 衝撃のトップニュース:米、石油輸出を全面停止
紙面右側、もっとも大きな見出しは「米、石油輸出停止」という文字です。
「ワシントン一日発、ルーズベルト大統領は一日を以て、対日石油輸出許可の停止を命じた」
当時の日本にとって、石油の約8割を米国に依存していたため、これはまさに「生命線を絶たれた」に等しい衝撃でした。
記事では、輸出管理の厳格化によって日本向けの石油輸出許可がすべて取り消された様子が報じられています。
2. 「当分許可せず」— 迫りくるABCD包囲網
石油を求めて日本が交渉を進めていた「蘭領東インド(現在のインドネシア)」の動向も報じられています。
見出しには「対日石油の輸出 当分許可せず」とあります。米国に同調し、蘭印政府もまた日本への輸出を保留する姿勢を示しました。
これにより、日本は経済的な封鎖(ABCD包囲網)によって、完全に袋小路に追い詰められていくことになります。
3. 強まる戦時体制と「米の狂奔」への反発
こうした国際社会の動きに対し、当時の日本のメディアは強い反発を示していました。
- 「戦時体制へ、米の狂奔」:米国側の動きを「狂奔(狂ったように走り回ること)」と表現。
- 「日本進駐のデマ 泰(タイ)側一笑に附す」:東南アジアでの情報戦の激しさを物語る記事。
軍靴の足音を象徴するような写真とともに、国民の危機感を煽り、団結を促すような紙面構成が印象的です。
4. 世界情勢:独ソ戦の激化とモスクワ爆撃
日本国内だけでなく、世界もまた燃えていました。
紙面左側には「独機、赤都(モスクワ)連爆」という見出しがあり、ドイツ軍がソ連の首都モスクワを爆撃したことが報じられています。
まさに第二次世界大戦の真っ只中であったことがわかります。
