翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報)

【昭和の記憶】新聞が問う「非国民は誰か?」— 昭和17年の翼賛選挙と無効票

昭和17年(1942年)5月7日。当時の地元紙『新岩手日報』の紙面に、現代の私たちからすれば背筋が凍るような見出しが躍りました。

「非国民は誰か?」

これは、同年4月30日に行われた第21回衆議院議員総選挙(いわゆる翼賛選挙)の結果を報じる記事の一節です。この選挙は、政府が「推薦」した候補者を当選させることが至上命題とされた、戦時下特有の選挙でした。


■ 「自由」という建前の裏側

Screenshot

建前上、推薦候補以外に投票することは禁じられていませんでした。しかし、この記事の内容は、その「自由」がいかに形骸化していたかを物語っています。記事では、盛岡市の開票結果における「無効票」の内訳を執拗なまでに詳細に書き出しています。

  • 白票(何も書かない)
  • 二名以上の氏名を記載
  • 候補者以外の事項を記載
  • 「米足らず」などの雑事記載

中には、物資不足への不満を投票用紙に託した者もいたようです。現代の視点で見れば、これらは立派な政治的意思表示(抗議票)と言えます。しかし、当時の新聞はこれらを「入念な嫌がらせ」として断罪しました。


■ 「わざわざそんな事をするのか」という同調圧力

記事の結びには、当時の世論を象徴する恐ろしい一文が記されています。

「一体この大東亜戦争下の時局に、そして厳粛な空気の中に、何で態々(わざわざ)入念にそんな投累(とうるい)をするのか。非国民と言っても決して過言ではあるまい」

「法律で罰せられない」からといって、許されるわけではない。この「この非常時に、空気を読まない者は非国民である」という論理こそが、当時の日本を覆っていた正体でした。


■ 現代に生きる私たちへの問い

非推薦候補に投票した人、あるいは無効票を投じた人は、せめて投票所という密室の中でだけは、自分の意思を貫こうとしたのかもしれません。しかし、開票後の新聞によって、その行為は「非国民」というレッテルと共に晒し者にされました。

「非国民は誰か?」という問いは、単なる過去の遺物でしょうか。現代のSNS社会においても、特定の行動をとる個人に対して「この状況でそんなことをする奴は……」という視線が向けられることがあります。昭和17年のこの新聞記事は、集団の「空気」が個人の自由を飲み込んでいくプロセスの恐ろしさを、今も鮮烈に伝えています。


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です