列車の旅は「馬小屋以下」(S21.3.16新岩手日報)

【タイムトラベル】昭和21年3月の岩手へ。窓のない列車と「馬小屋以下」の暮らし

先日、激動の時代を物語る貴重な資料を目にする機会がありました。昭和21年(1946年)3月16日付の『新岩手日報』です。終戦からわずか半年、岩手の地で人々がどのような現実に直面していたのか。そこには、現代の私たちには想像も絶する凄まじい光景が記されていました。


■ 見出しは「窓からは寒風、列車はハチャメチャ」

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記事の冒頭から、当時の鉄道輸送が完全に崩壊していたことが伝わってきます。3月の岩手といえば、まだ氷点下の寒さが残る季節。しかし、走っている列車には窓ガラスがありませんでした。

  • 窓ガラスのない窓: 悠々と旅人が出入りし、雪が降り込めば車内は忽ち(たちまち)銀世界。
  • 毛布で風を防ぐ: 乗客は手持ちの毛布や荷物を吹きさらしの窓に張り、震えながら目的地を待つ。
  • 洗面所の鏡もない: 割れたのか、持ち去られたのか。身だしなみを整える余裕すら奪われた殺伐とした空間。

「椅子の上に南京袋(麻袋)を敷いて横臥(おうが)し、あちこちから吹き込む寒風の列に、最早(もはや)それは人間的な仕事などといふ仕事ではない…」


■ 「馬小屋より酷い」と断じられた地獄絵図

さらに衝撃的なのは、車内の衛生状態とモラルの崩壊に関する記述です。記者は、当時の車内を容赦なくこう表現しています。

「馬小屋よりも酷い」

あまりの混雑で通路も動けず、トイレにも行けないのか、あるいは設備自体が死んでいるのか。驚くべきことに、「壊れた窓から放尿する」という、現代では考えられない公衆道徳の崩壊が日常茶飯事となっていたようです。


■ 「サービスなど考えられない」という居直り

この惨状に対し、鉄道当局側(当時の国鉄など)の姿勢もまた絶望的でした。待遇改善を求める声に対し、返ってきたのは冷ややかな言葉でした。

「(予算や物資がないために)サービスなどといふことは考えられません

これに対し記者は、「それでも客を満足させることが誠意ではないのか」「一体この責任は誰にあるのだろう」と、鋭い怒りをぶつけています。ボロボロの車体、凍える乗客、そして「仕方ない」と切り捨てる当局。戦後混乱期の闇が凝縮されたような一節です。


■ 結び:この「寒風」の先に今の岩手がある

「電車が遅れている」「エアコンが効きすぎている」……私たちが日頃漏らす不満が、いかに贅沢なものであるかを痛感させられます。

窓ガラスもなく、南京袋の上で震え、馬小屋以下の環境に耐え抜いた先人たち。そんな過酷な時代を経て、今の私たちの平和で快適な暮らしがあることを、この1枚の古新聞は強烈に語りかけています。

次に駅のホームに立ったとき、ふと昭和21年の「寒風列車」を思い出してみてください。今の当たり前の景色が、少しだけ違って見えるかもしれません。

(出典:昭和21年3月16日付 新岩手日報 紙面より引用・構成)


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