岩手県公会堂で大防犯展覧会(S22.10.6新岩手日報)

昭和22年10月6日の新岩手日報に掲載されたこの広告は、現代の私たちの常識を根底から揺さぶるような、凄まじい熱量と禍々しさを放っています。戦後わずか2年、社会全体が飢えと混乱の中にあった時代に、岩手県警察部や新岩手日報社が総力を挙げて開催した「防犯大展覧会」の告知です。

まず目を引くのは、そのあまりに刺激的な展示内容です。パノラマや実物を用いて誰にでもわかるように解説するという趣旨のもと、会場に並べられたのは、小平事件や阿部定事件、県内では昭和8年の水沢出身老婆殺人事件、前年の中学生誘拐事件(角田屋事件)さらには各地のバラバラ事件といった、当時を震撼させた猟奇的な殺人事件の再現展示でした。江戸時代の刑罰を再現したジオラマや、実際に使用された凶器などの証拠品までが並び、さらには犯罪は生きているという映画の上映や、幻燈、紙芝居までもが動員されています。

現代の感覚からすれば、公的機関である警察がこれほどまでに生々しく凄惨な事件を「見世物」のように扱うことは、到底考えられません。コンプライアンスや配慮という言葉が生まれる遥か前、そこには手段を選んでいられないほど切迫した治安状況がありました。文字も読めない子供から大人まで、あらゆる層の視覚に直接訴えかけ、恐怖を植え付けることでしか犯罪を抑止できなかった、当時の限界が透けて見えます。

同時に、この展覧会は当時の人々にとって、数少ない強烈なエンターテインメントとしての側面も持っていたはずです。凄惨な事件のパノラマに群がる大衆と、それを防犯啓蒙という大義名分で推奨する警察の姿は、今の私たちには異様に映りますが、それが戦後という時代の「剥き出しのリアル」だったのでしょう。県公会堂を皮切りに、水沢花巻釜石と県内を巡回したこの巨大な興行は、正義と好奇心、そして恐怖が混然一体となった、戦後岩手の忘れ去られた縮図と言えるかもしれません。

この1枚の広告は、単なる催し物の案内を超えて、生きることに必死だった時代の異様な熱気と、なりふり構わず治安を守ろうとした当時の社会の姿を、今日に生々しく伝えています。

次は、この広告の隅に記載されている協力会員の名前や、当時の開催場所の変遷などから、当時の地元の繋がりを詳しく掘り下げてみましょうか。


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