入院中の皆さん!GHQのお達しにより必ず病院給食を食べましょう!(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日の岩手新報に掲載されたこの公告は、現代の私たちにとっては当たり前の存在である病院給食が、実はGHQ主導による医療改革の大きな転換点であったことを物語っています。

当時の日本では、入院患者の食事は家族が付き添って調理したり外部から持ち込んだりする自炊制度が一般的でした。しかし、この公告はそうしたこれまでの習慣を否定し、2月1日からは全患者が病院内で調理された食事を必ず受けなければならないという強い調子で書かれています。この改革を強力に推し進めたのは、GHQの公衆衛生局長であったクロフォード・サムス准将でした。軍医でもあったサムス准将は、日本の不衛生な医療実態を厳しく批判し、食事を単なる空腹を満たすためのものではなく、科学的なデータに基づいて病気を治すための治療手段、すなわち食事療法として確立させようとしました。

進駐軍がここまで徹底して完全給食を求めた背景には、当時の深刻な食糧事情も関係しています。当時はまだ闇市が横行しており、家族が持ち込む食材がどこで、どのような衛生状態で流通したものか把握できないリスクがありました。闇市経由の不衛生な食材は、赤痢やチフスといった伝染病を院内で蔓延させる大きな脅威となっていたのです。サムス准将は、病院が一括して食材を管理し調理することで、こうした外部からの感染ルートを遮断しようと考えました。

公告に並ぶ国立盛岡病院や岩手医大附属病院といった県内の主要な病院名は、岩手における近代医療体制への強制的なアップデートが、まさにこの日から一斉に始まったことを示しています。恢復を早めるという言葉の裏には、闇市の不透明な食材や愛情に基づいた付き添い文化から、衛生と栄養を最優先する合理的な医療システムへと、日本の社会が大きく舵を切った時代のうねりが隠されています。


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