岩手も無関係ではなかった第二室戸台風(S36.9.17岩手日報)
1961年9月17日
2026年3月16日
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【回顧】昭和36年・第二室戸台風|岩手を襲った最大風速30.8メートルの衝撃

手元にある当時の「岩手日報」を開くと、そこには「強風のツメ跡を残して」という、自然の猛威を生々しく伝える見出しが躍っています。
■ 記録的な暴風、全市が闇に包まれる
当時の盛岡市では最大風速30.8メートルを記録。これは、立っていることさえ困難で、看板や瓦が凶器となって飛んでくるレベルの暴風です。
- 「屋根が飛び各地で倒木」:公共施設や民家の屋根が次々と剥がされる。
- 「三校の屋根が飛ぶ」:学び舎ですら風圧に耐えきれない。
- 「千二百戸に避難命令」:陸前高田をはじめ、沿岸部や河川周辺では緊迫した避難が続く。
停電も深刻で、記事には「ネオン消え全市ヤミと化す」とあり、文明の灯りが消えた夜の恐怖が伝わってきます。
■ 災害対策本部と自衛隊の待機
事態を重く見た岩手県は直ちに「災害対策本部」を設置。自衛隊も出動に備えて待機するなど、県内全域が戦時下のような緊張感に包まれました。北上川流域では「土のう千俵を緊急用意」するなど、水害への懸念も最大級に達していました。
交通網も麻痺し、東北本線の急行「十和田」などの幹線列車が運休。青函連絡船も11便が欠航し、人や物の流れが完全にストップしたことが記されています。
■ 時代を映す「広告」のコントラスト
緊迫したニュースの傍らにある当時の広告も、歴史の貴重な資料です。
| ジャンル | 当時の掲載内容 |
|---|---|
| 生活・家電 | 三菱ミシン、アトム手袋 |
| 乗り物 | 日産ブルーバード 従業員大募集 |
| 医療・健康 | 日本脳炎の啓発(「病原体はビールス」) |
高度経済成長の真っ只中、人々の暮らしが豊かになろうとする一方で、自然の驚異に必死に立ち向かっていた様子が浮かび上がります。
