向中野学園高校「新年度から保育科を設置します!」(S41.1.12岩手日報)

昭和41年1月12日の岩手日報に掲載された、向中野学園高等学校の生徒募集広告から当時の様子を振り返ります。この記事からは、現在の盛岡スコーレ高校へと続く教育の歩みと、高度経済成長期にあった岩手の社会背景が鮮明に浮かび上がってきます。

広告の紙面で最も目を引くのは、新年より保育科を新設したという力強い告知です。当時は共働き世帯の増加に伴い、専門知識を持った保育者の育成が急務となっていた時代でした。募集学科には生活科、保育科、家政科、そして専攻科が並んでおり、衣食住や児童教育といった、生活に密着した学びを大切にしていた学校の姿勢が伝わってきます。

当時の学校の所在地は盛岡市向中野字才川と記されています。現在の向中野界隈は区画整理が進み、多くのお店や住宅が並ぶ賑やかな街並みとなりましたが、この広告が掲載された昭和41年当時はまだのどかな風景が広がっていたはずです。掲載されている電話番号の局番が1桁である点や、願書請求に100円を同封するという記述にも、半世紀以上の時の流れを感じずにはいられません。

この向中野学園は、のちに平成13年の校名変更を経て現在の盛岡スコーレ高校となりました。時代の変化に合わせて共学化や総合学科への転換が行われましたが、その原点にはこの広告にあるような生活教育への情熱がありました。古い新聞の切り抜きは、一校の歴史に留まらず、その時代を懸命に生き、学ぼうとした人々の熱気を今に伝えてくれる貴重な資料といえます。


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