盛岡繁盛記:肴町

昭和26年3月17日の「夕刊いわて」より。

「盛岡繁盛記」というシリーズ物の記事で、10回目は肴町。

今でこそアーケード街になっているが、当時はもちろん無い。

この記事の時点では、肴町は1丁目と2丁目に分かれていたのだという。
この後の記事の書きぶりでは、中の橋通りに面した方が1丁目で、奥の方が2丁目であると推察される。

明治以前は、八幡宮の通り(ホットサイン肴町の真ん中あたり?)が一番栄えていたのだというが、明治以降に川徳と松屋の盛岡2大デパートが競争を繰り広げるようになってからだという。

松屋が縦に長い(階数の高い?)デパートであったのに対し、川徳は横に長い(階数は低いがフロア面積が広い?)デパートとして入りやすくしたのだという。

この時点で「東山堂書店も今では古株となってしまった」と書いてある。

 


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