第3次県観光開発計画決まる(S47.5.8)
昭和47年5月、岩手県は 第三次観光開発計画(47〜52年度) を正式に決定した。これは、当時進行していた大規模構想「北東北広域観光の展開」を支えるための本格的な五カ年計画で、東北新幹線や東北自動車道の開通を見据えた“観光の大量化・多様化”への対応を目的としていた。
第二次観光計画(42〜46年度)は、岩手国体関連の施設整備などに力を入れ、投資額は民間も含め72億円。達成率は97.8%と高く、宿泊施設の増築、道路・園地の整備など「健全で清潔な観光」をテーマとして一定の成果を挙げた。しかし民間資本の動きは鈍く、公共投資が多くを占めた。
第三次計画は、これとは大きく方向性を変えた。新幹線・高速道路の開通によって、昭和52年度の県外観光客数を 約3倍の1,435万人 に増やすという大胆な目標を掲げ、年間観光客総数は 2,568万人 を見込んだ。これに備え、県は民間資本の導入を重視しつつ、その受け入れに関して「地域貢献・地元雇用・地元調達・地元産業の振興」という四原則を提示し、投機的・無秩序な開発を避ける姿勢を明確にした。
また、県・北東公庫・地元金融機関が出資した 株式会社岩手開発(資本金4億円) は、従来の流通団地造成に加えてレクリエーション開発に乗り出すため、定款を変更。第三次計画の“側面的主役”として期待される存在となった。
計画の柱は、「集中開発」「自然保護・公有化」「民間資本導入」の三点である。総花的に広げるのではなく、
• 岩手山ろく
• 陸中海岸
• 県南内陸
• 北上山系
の四地域に集中投資し、それぞれを大規模なレクリエーション基地として整備していく。
中でも重点とされたのが 「岩手山ろく自然郷」 の構想だ。盛岡に観光センターを設け、高倉山周辺に大規模スキー場を造成。八幡平温泉郷(松尾村金沢地区)、松川自然休養村、県民の森などを整備し、松川温泉との一体利用を促す。また御所ダム湖畔の整備、小岩井・柳沢地区のピクニック施設など、山麓一帯を網羅する観光空間が構想された。
自然保護については、地域住民の意向を尊重しつつ、必要な土地を買い上げて公有化する姿勢を示し、自然公園(計7万2千ヘクタール)の周辺開発、樹林保護、清掃事業などを進める方針を打ち出した。
一方で、当時は県外大資本による“虫食い的投機買収”が問題化しており、県は土地先行取得による開発主導を目指したが、財源確保には課題も残った。土地所有者の理解と協力が不可欠とされ、第三次計画を成功させるためには、関係機関による強力な指導が求められていた。
――東北新幹線の開通を控え、岩手の観光が大きく動き始めた時代。その期待と不安が交錯する、昭和47年当時の空気が伝わってくる。