宮城県沖地震で岩手県内にも被害(S53.6.12)

昭和53年2月20日と6月12日、宮城県沖でマグニチュード7級の地震が2度発生し、県南部を中心に大きな被害をもたらした。最初の地震は2月20日午後1時30分ごろに発生し、規模はM6.8、震度は大船渡で強震、宮古盛岡、仙台、福島などで震度4を記録した。人的被害は軽微で、負傷者は軽傷4人にとどまったが、道路や建造物、電力・通信線などが損傷し、被害総額は5億9700万円に達した。特に気仙郡三陸町の被害が大きく、関連復旧事業分を含めると2億8927万円に及び、国土庁から激甚災害地に指定された。江刺市では円形庁舎の耐震性が問題となり、柱のはがれや床の亀裂などにより使用不能となったほか、梁川小学校や一関市の学校施設でも損傷が相次いだ。

6月12日午後5時すぎには、前回を上回る規模の第2波が発生し、震源は再び宮城県沖、規模はM7.5に達した。震度5を記録した仙台市では、死者28人、負傷者698人を出し、家屋倒壊や火災、全市停電など大混乱に陥った。岩手県内では死者は出なかったものの負傷者10人を記録し、道路や橋、学校施設、商工施設などに広範な被害が出た。江刺市庁舎は2月の被害に加えてさらに損傷し、庁舎西側の地盤沈下も発生、職員が周辺施設に避難する事態となった。梁川小学校も被害が追い打ちとなり臨時休校となった。また、鉄道では東北本線江合川鉄橋の橋脚がずれたほか、盛線では路盤の陥没や線路の曲がりなどが発生し、復旧に10日近くを要した。この一連の宮城県沖地震の被害総額は386億円に達し、うち宮城県が全体の91%を占めた。


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