北上信用金庫強盗放火事件(S54.5.23)
昭和54年5月23日午前10時頃、犯人は岩手県北上市口内町の実家から義兄の「赤い車」を借りて出発し、北上市中心街へ向かった。北上信用金庫駅前支店周辺を下見し、人通りが少ない同支店を犯行対象に選んだ。その直前、北上市本通り二丁目にある金物店で出刃包丁を購入し、北上市本通り一丁目にあるガソリンスタンドで4リットルのガソリンをオイル缶に入れて購入した。また、北上営業所売店では白マスクと紙袋を購入している。
午前11時5分頃、犯人は北上市大通一丁目の北上信用金庫駅前支店に侵入した。店内にガソリンを撒き、火を放ちつつ「100万円を出せ」と職員を脅迫した。支店次長が現金100万円を渡すと、犯人はそれを奪って逃走。店内は激しく炎上し、職員4名と来客2名が辛うじて脱出したが、次長は顔や右手に火傷を負い、病院に搬送された。その後、犯人は車に戻り、北上駅前を通り、北上市諏訪町や花園町を経由して国道107号線を走り、実家に逃走した。
事件後、現場からは遺留品としてオイル缶、白マスク、マッチが発見された。これらを手掛かりに捜査が進められ、特に犯行に使用された「赤い車」が重要視された。岩手県内で登録された7,000台以上の赤い車が捜査対象となり、警察は広範囲での捜査を展開した。また、オイル缶には焼き付き指紋が残されており、犯人の左手3本の指紋であると特定されたが、前科者データベースには一致する人物がいなかった。さらに、公開された似顔絵は犯人の特徴を正確に捉えていたものの、地元住民からの情報提供には繋がらなかった。
翌年、昭和55年3月25日、東京都渋谷区本町二丁目の特定郵便局で強盗事件が発生した。犯人は灯油を撒いて「金を出せ」と脅迫する、北上信金事件と類似した手口で現金94万円を奪ったが、その場で逮捕された。この男が北上市口内町出身であることが判明し、警視庁から送られた指紋を照合した結果、オイル缶から検出された指紋と一致した。さらに、取り調べにおいて犯行を自供し、北上信金事件の容疑者として確定した。
昭和55年4月19日、犯人は東京都から北上市に移送され、北上信用金庫駅前支店強盗致傷放火事件で改めて逮捕された。犯人の供述によれば、動機は東京での借金返済と実家の改修費用の工面であり、犯行当日に計画を立て、包丁やガソリンを購入して実行に至ったという。犯行後は北上市内を通って実家に戻り、その後も日常生活を装っていた。
最終的に、犯人は盛岡地裁で現住建造物放火と強盗致傷の罪で起訴され、懲役13年の判決を受けた。