安代町の転落事故偽装殺人(S56.6.25)
昭和56年6月25日、岩手県二戸郡安代町田山地区で、43歳の主婦が自宅の作業小屋で仰向けに倒れて死亡しているのが発見された。岩手警察署に「二階から転落した可能性がある」との通報があり、事故死と見られていたが、現場の状況や遺体の状態から殺人事件の可能性が浮上した。
現場は国道282号線沿い、JR花輪線田山駅から北東約1.2キロに位置する山間の農村集落で、作業小屋は母屋に隣接する二階建ての建物だった。昇降口は梯子を使う構造だが、現場の梯子は短く、不自然な配置だった。被害者は寝巻姿で発見され、頭部や首に外傷があり、司法解剖の結果、絞殺による窒息死であることが判明した。このため事故死の可能性が否定され、岩手警察署は殺人事件として本格的な捜査を開始した。
被害者の夫は当時仙台市内で出稼ぎ中であったが、事件当日である昭和56年6月24日の夜、電車とタクシーを乗り継いで帰宅。作業小屋に妻を誘い出し、頭部をハンマーで殴打し、首を絞めて殺害した後、事故に見せかけるために現場を偽装した。その後、夫は同様にタクシーと電車を利用して仙台に戻り、変装のため帽子を着用し、途中で衣服を着替えた。
岩手警察署を中心に設置された捜査本部は、現場の血痕や梯子、指紋などの物的証拠を収集し、さらにタクシー運転手への聞き込みや、夫の行動記録を丹念に調査した。また、夫が交際していた女性の供述から、彼が妻の生命保険金を目当てに交際相手との再婚を望んでいたことが動機として判明した。
昭和56年7月12日、夫は逮捕され、取り調べに対して全面的に自供した。彼は「妻との生活に限界を感じ、交際相手と新たな人生を始めたかった」と述べ、殺害後、現場を事故死に見せかけるように偽装した経緯を詳述した。
昭和57年8月18日、盛岡地方裁判所において、夫には懲役12年の判決が言い渡された。裁判長は「妻を計画的に殺害し、保険金まで得ようとした犯行は極めて悪質」と厳しく断罪した。公判では、被害者の長女が「母はかわいそうですが、犯人も私たちの父です」と涙ながらに語り、事件の深い悲劇性が浮き彫りになった。