不況で大槌造船鉄工が倒産(S58.12.4)
昭和58年の岩手県内景気は、2月を谷として全国的には戦後最長の不況トンネルを抜けたと言われながらも、県内経済にとっては出口の見えない極めて過酷な一年となりました。全国でハイテク産業や輸出関連産業が活況を呈し、景気回復の足音が聞こえ始めていた一方で、岩手県内では公共事業の頭打ちや住宅建設意欲の減退、さらに民間信用調査機関の調べで倒産件数が過去最悪を記録するなど、マクロ経済の動きとは裏腹に深刻な冷え込みが続いていました。
この年、県内を最も大きく揺るがしたニュースは、12月4日に表面化した大槌造船鉄工の倒産です。同社は昭和40年に地元の有力漁業者らが出資して設立された県内有数の企業で、ピーク時には150人の従業員を抱える大手でした。しかし、サケ・マス漁の減船問題やオイルショック後の燃料高騰に伴う遠洋漁業の不振、さらには深刻な造船不況が追い打ちをかけ、28億円という巨額の負債を抱えて経営破綻に追い込まれました。この衝撃的な一報は、当時の地方産業が直面していた構造的な限界を象徴する出来事となりました。
統計を見ても、昭和58年の県内企業倒産は年間で312件に達し、前年の206件から4割以上も急増しています。負債総額も455億5,000万円と前年の2倍以上に膨れ上がり、いずれも当時の過去最悪を更新しました。特に深刻だったのは、それまで県内経済を支えていた建設業や卸・小売業です。これら内需型の産業は、国全体の財政再建方針による公共事業の抑制や、4年連続の冷害による農村部の購買力低下によって致命的な打撃を受けていました。
さらに追い打ちをかけたのが、昭和57年の東北新幹線開業による構造変化です。高速交通時代の到来は、便利さをもたらす一方で「ストロー現象」を加速させました。中央資本の大型店や流通網が県内に浸透したことで地元の卸・小売業の市場が圧迫され、経営体力の弱い地元企業が次々と市場から淘汰されていくという厳しい現実が突きつけられました。10月には倒産全体に占める連鎖倒産の割合が37%にまで跳ね上がり、1社が倒れると取引先が次々に共倒れになるという恐怖が地域経済を覆っていました。
このように、昭和58年の岩手は、全国的な景気回復の恩恵から完全に取り残された状態にありました。都市部がハイテク化や輸出増大に沸く一方で、地方は公共投資の削減、冷害による農業不振、そして中央資本との激しい競争という三重苦に喘いでいたのです。当時の記録には、経営に行き詰まった経営者が行方をくらますケースの増加や、累積赤字に耐えかねた老舗企業の廃業などが克明に記されており、まさに「冬の時代」と呼ぶにふさわしい凄惨な経済状況が展開されていました。
