ロス五輪でマラソン佐々木七恵が19位(S59.8.5)

昭和59年7月28日から8月12日まで開催された第23回夏季オリンピックロサンゼルス大会は、52年ぶりに米国ロサンゼルスを舞台に、史上最高の140カ国が参加して行われました。選手の安全面などの問題でソ連や東欧諸国が不参加という寂しさはありましたが、運営は大成功を収め、4年に一度のスポーツの祭典は多くの話題を生みました。日本は選手231人の選手団を送り、メダル獲得数はアメリカやルーマニアなどに次ぐ第7位の32個を記録しました。

この歴史的な大会に岩手県出身選手は6人が参加し、昭和39年の東京オリンピックの4人を上回る過去最高人数となりました。惜しくもメダルには届きませんでしたが、各会場で粘り強い戦いを展開し、ロサンゼルス在住の県人会会員らに強い印象を与えました。

ボクシング競技では、下閉伊郡山田町出身で拓殖大学4年の瀬川正義選手がフライ級に出場しました。初戦でいきなり世界王者のラハチネン選手とぶつかりましたが、闘志満々の瀬川選手は果敢に技を仕掛けてポイント3対0で快勝しました。2回戦のモロッコ選手も順当に判定で下しましたが、3回戦でエジプト選手に小差の判定負けを喫しました。4回戦はスイス選手を判定で下したものの、5回戦で韓国選手に敗れ、最終順位は8位にとどまりました。

同じくボクシングのライトウェルター級には、下閉伊郡岩泉町出身で拓殖大学2年の三浦国宏選手が2回戦から登場しました。中量級ということもあり外国勢の層は厚かったですが、三浦選手は得意のアウトボクシングで対抗しました。しかし、判定にもつれ込んだ末に惜しくも敗れました。

レスリングのグレコローマンスタイル62kg級に出場したのは、九戸郡大野村出身で三八教育事務所所属の長内清一選手です。当時30歳のベテランだった長内選手は、1回戦のガイアナ選手との試合で持ち味を十分に発揮し、2分52秒で鮮やかなKO勝ちを収めて期待を抱かせました。しかし2回戦でトルコ選手に判定で敗れました。

自転車競技の4000m団体追抜きには、紫波郡都南村出身で日本大学4年の猿館貢選手が出場しました。桑沢秋雄選手らとチームを組んで予選に臨み、準々決勝進出を目指しましたが、ヨーロッパ勢を中心とした世界の壁は厚く、4分34秒39で11番目のタイムに終わり予選敗退となりました。

馬術競技では、下閉伊郡山田町出身で筑波ライディングパーク所属の牧野幸喜選手が選手村入りして出番を待っていました。しかし、出場予定の馬場馬術競技の直前になって、騎乗する馬が馬体検査で不合格になるという不運に見舞われ、競技に出場することは叶いませんでした。

大会後半のメインイベントである女子マラソンには、大船渡市出身でエスビー食品所属の佐々木七恵選手が出場しました。8月5日の午前8時にスタートしたこのレースは、28カ国から50人が参加し、朝から強い日差しが照りつける過酷な条件となりました。佐々木選手は自分の実力をわきまえた冷静な走りに徹しました。中村清コーチのアドバイスもあり、スタートでは後方に位置して無理にトップ集団を追わず、自分のペースを守る作戦をとりました。中間点は23位で通過しましたが、後半に脱落者が続出する中、着実に順位を上げていきました。ゴール付近でさらに4人を抜き、2時間37分4秒のタイムで19位に入りました。自己最高記録には届きませんでした、暑さの中で実力を十分に発揮した力走と評されました。このレースでは、スイスのアンデルセン選手がゴール目前のメモリアル・コロシアム付近で失神状態に陥りながらも、大観衆の声援を受けながらゴールを目指すという感動のシーンも生まれました。

この大会では、二戸郡一戸町出身で日本オリンピック委員会委員長の柴田勝治氏が日本選手団長を務めていました。帰国後、柴田氏はインタビューに対し、岩手県出身の6人の選手は皆実によくやったと語り、ボクシングの瀬川選手や三浦選手、そして女子マラソンの佐々木選手らの健闘を称えました。


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