盛岡のメーデーは5000人が参加(S24.5.2新岩手日報)
昭和二十四年五月二日の新岩手日報を広げると、戦後四年目を迎えた岩手の春が、多面的な視点で鮮やかに活写されています。一面を大きく飾る「サクラと共に五月の序幕開く」という情緒的なリード文に導かれ、紙面は当時の緊迫した社会情勢と、それとは対照的な季節の潤いを交互に伝えています。
五月一日の日曜日は、戦後の混乱から立ち上がろうとする労働者たちの節目の日となりました。岩手公園広場に集まった約五千人の労働者は、ブラスバンドが鳴り響く中、プラカードや旗を掲げて「花の輪の行進」へと繰り出しました。記事によれば、岩手県労会議が主催したこの県都メーデーは、市役所前から内丸、県庁前へと進み、吉田内閣打倒や自由と平和の確立を強く訴える熱気に包まれました。復興に向けて声を上げる人々の激しい熱量は、当時の厳しい経済状況の裏返しでもあり、この行進はまさに時代の大きなうねりそのものでした。
その一方で、紙面の下部には、殺伐とした日常に安らぎを求める郷土の営みが詳しく記録されています。紫波郡赤石村の志賀理和気神社では、名高い「南面の桜」を守るための保存会の活動が報じられています。由緒あるこの桜は、戦時中の荒廃によって一時衰えを見せていたようですが、地域の人々は神社の例大祭に合わせて名木を復興させようと熱心に尽力していました。保存会会長を中心に、戦後の苦しい時代だからこそ地域の象徴である桜を守り抜こうとする、赤石村の人々の深い郷土愛が刻まれています。
また、文化的な動きとして目を引くのが、若草の上に漂う香気として紹介された茶の湯の「野立」です。大通三丁目にあった原敬別邸の「一山荘」や、戦後復興の拠点であった「岩手県公会堂」で行われたこの茶会には多くの市民が参加しました。一山荘の風情ある庭園や公会堂に集った人々は、戦後の喧騒をひととき忘れて、伝統的な静寂と季節の風習に身を浸していました。さらに紙面には「百万ドルの大運動会」と銘打たれた催しや、地域の細かな会合の記録も並び、人々の生活が少しずつ活気を取り戻していく様子を伝えています。
この日の新聞は、社会を変えようとする力強い叫びと、南面の桜のような郷土の遺産を慈しむ静かな情熱、そして一山荘や公会堂で文化を愛でる市民の姿が、鮮やかなコントラストを描いて共存していた岩手の春を、今に伝えています。