八戸の男が盛岡や宮古で詐欺行脚(S8.11.1岩手日報)
昭和8年11月1日の岩手日報の紙面を眺めていると、なんとも呆れた男の逮捕劇が目に留まります。口から出まかせを並べ立てて盛岡と宮古の間を往復し、行く先々で人を欺き続けた男が、ついに年貢の納め時を迎えたという記事です。
この男は当時37歳で、昭和8年9月13日に青森刑務所を出たばかりでした。しかし更生するどころか、出所からわずか1ヶ月足らずで再び「かたり」の道へと走り出します。その足取りは、まさに嘘で塗り固められたものでした。
まずは昭和8年10月5日、宮古の末広町にある店で2円90銭を騙し取るところから始まります。続く10月10日には盛岡へ現れ、新馬町の料亭にて飲食代を払わずに逃げ、再び2円90銭をくすねるなど言葉巧みに他人の懐に入り込みました。男の口車は止まることを知らず、さらには盛岡の大工町にて、ある女中に対して「面倒を見てやる」と嘘を吐き、30円の手土産まで買わせた上で、一緒に宮古へ連れ出すという暴挙に出ます。
昭和8年10月12日に宮古へ戻ると、男の嘘はより大胆になりました。地元の有力な漁業家の弟であると偽り、家を出ているが自分と一緒になれば実家と和解して一家を構えることができるなどと言って、女性を騙そうとしたのです。自分の素性を偽り、架空の輝かしい未来を餌にする手口は、現代の結婚詐欺にも通じるものがあります。
しかし、こうした場当たり的な逃避行が長く続くはずもありません。昭和8年10月30日の夜、宮古署の巡査によって男の正体は暴かれ、ついに御用となりました。新聞は「悪運つきて1ヶ月目で逮捕」と、その短絡的な犯行を皮肉を込めて伝えています。
数円という、今となっては少額に思える金額を巡って盛岡と宮古を往復したこの騒動。記事の端々からは、当時の人々の生活感や、見知らぬ者の言葉を信じてしまった人々の善良さ、そしてそれを利用した男の図々しさが生々しく伝わってきます。90年以上前の岩手で起きたこの事件は、人間の業というものが時代を経ても変わらないことを物語っているようです。