盛岡高等農林学校の教授「牛乳より馬乳が良い」(S11.5.6岩手日報)

昭和11年5月6日付の岩手日報を開くと、当時の岩手大学農学部の前身である盛岡高等農林学校の岩田教授が、九州帝国大学で開催された農学大会において極めて興味深い研究成果を発表したという記事が掲載されています。岩田教授は5月2日から福岡入りして学会に臨み、馬の乳の成分について詳細な分析結果を報告しました。

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その内容は、牛の乳よりも馬の乳の方が人間の母乳に近い性質を持っているという驚くべきものでした。岩田教授の研究によれば、馬の乳は牛乳よりも糖分を豊富に含み、その成分構成は人乳に極めて近いといいます。さらに注目すべきは飼料による成分の調整で、馬に石灰を混ぜた餌を与えて飼育することで、アルビューリンと呼ばれる成分の含有量が変化し、より一層人間の乳の成分構成に近似させることができると実証しました。このアルビューリンとは、現代でいう蛋白質の一種であるアルブミンのことであると思われますが、石灰を与えるという工夫によってこの成分を調整し、馬の乳をより理想的な代用乳へと近づけようとしたのです。馬産地として名高い当時の岩手において、最新の科学によって馬の新たな価値を見出そうとした熱意が紙面から伝わってきます。

しかし、これほど優れた研究成果がありながら、現代において馬の乳が一般的になっていないのは、生産効率の問題が大きいためです。馬は牛に比べて1度に搾れる乳の量が圧倒的に少なく、安価で安定した供給が難しかったことから、次第に牛乳が代用乳の主流となっていきました。現代ではモンゴルの馬乳酒や高級な化粧品の原料としてその特性が活かされていますが、昭和初期の岩手では、子供たちの健やかな成長のために馬の乳が真剣に研究されていたのです。

同じ紙面には当時の暮らしを伝える人情味あふれる話題も添えられています。ある女中さんが1ヶ月分の給料である5円という大金を落としてしまい、それを近所の子供が見つけたという事件です。当時の5円は、現在の価値に換算するとおよそ1万円から1万5千円程度の重みがありました。当時の住み込みの女中さんの月給が5円から10円ほど、かけそば1杯が10銭から15銭だった時代ですから、この5円は彼女にとってまさに1ヶ月の生活を支える血と汗の結晶でした。

無事にお金は持ち主のもとへ戻りましたが、物語には続きがあります。正直に届け出た子供にお礼をした後、なんと残りの分は救済費として寄付されたと記されているのです。自分自身の生活も決して楽ではなかったはずの時代に、手元に戻った大切なお金を社会のために役立てようとしたその姿には、現代の私たちも深く考えさせられるものがあります。最先端の農学研究と、5円を巡るささやかながらも清々しい善意のニュース。昭和11年の岩手日報は、科学への情熱と人々の温かい心の両面を今に伝えています。


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