釜石の電話が自動化(S41.3.28岩手東海新聞)
1966年3月28日
2026年2月22日
1966年(昭和41年)3月27日、釜石の通信環境に大きな歴史的一歩が刻まれました。当時の「岩手東海新聞」の記事から、その喜びの様子を振り返ります。
市外25局と「即時通話」が可能に

それまで交換手を介していた市外通話が、3月27日午前0時を期して、ついに自動ダイヤル化されました。東京、仙台、宮古などの市外25局間との即時通話が開始。これまでは数十分、時にはそれ以上待たされることも珍しくなかった市外電話が、ダイヤルを回すだけで一瞬でつながるようになったのです。
漁業の街・釜石に大きな恩恵
特にこのニュースを喜んだのは、時間との勝負である漁業関係者たちでした。
記事には「毎日のように追われている漁業団よりだと大喜び」とあり、商売のスピード感が劇的に改善されたことが伺えます。「仕事のはかどりが大きい」と、電報電話局への感謝の声が溢れました。
街の近代化への第一歩
記事では「市外への電源のスイッチを入れ、めでたく開通となった」と、歴史的な瞬間の様子が綴られています。今では当たり前のスマートフォンでの通話ですが、当時はこの「即時通話」こそが、中央(東京など)との物理的な距離を一気に縮める**「近代化の恩恵」**そのものだったのですね。
古い新聞の1ページから、当時の釜石の人々の熱気が伝わってくるようです。
出典:昭和41年3月28日 岩手東海新聞
