津軽石川の川開きでサケ大漁(S11.1.12読売新聞夕刊)

昭和11年1月の津軽石川を写したこの紙面は、激動の昭和史において極めて平穏で、かつ日本の豊かな自然の底力が凝縮された一瞬を切り取っています。

今からちょうど90年前、岩手県宮古市の津軽石川では、川面が見えなくなるほどの鮭が遡上していました。記事にある五万五千尾という数字や、山のように積み上げられた「南部鼻曲り」の姿は、現代の私たちが忘れてしまったかつての日本の原風景そのものです。腰まで水に浸かりながら網を引く人々の姿からは、自然の恵みを全身で受け止める力強さと、冬の収穫を純粋に喜ぶ活気がダイレクトに伝わってきます。

この時期の日本は、歴史を大きく変える二・二六事件をわずか一ヶ月半後に控えた嵐の前夜にありました。しかし、この紙面を見る限り、まだ後の戦時下のような「食糧増産」といった悲壮感や殺伐とした空気は微塵も感じられません。むしろ、そこにあるのは郷土の豊かな資源を誇り、自然と共に生きる人々の豊潤な暮らしです。国家の影が忍び寄る直前の、天然の恵みが溢れていた古き良き時代の最後の輝きとも言えるでしょう。

1月12日という、まさに90年前の今日、東北の寒空の下でこれほどまでに熱い営みがあったこと。それを伝える一枚の紙面は、単なるニュースを超えて、失われた時代の空気感を今に運んでくれるタイムカプセルのようです。歴史の転換点に立ちながら、それでも変わらずに繰り返されていた自然のサイクルと、それに応える人々の歓喜。そんな日本の精神的な豊かさを、この鮭の大漁風景は静かに物語っています。


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