a盛岡・岩手郡・紫波郡 3月 24日 1951 電気通信省岩手電気通信部「回線待ちの皆さん!共同電話はどうですか!」(昭和26年3月24日) 昭和26年3月24日の「夕刊いわて」より。 電話の架設待ちは、盛岡市内だけでも3300件に登る状況であった。 しかし電通省岩手電気通信部管内の割り当ては80回線のみ。 そこで「多数共同電話」の希望調査を行うことにした。 これは1つの電話番号を3~10人で使用するというもので、普通であれば架設に4万円… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 9月 28日 1950 花巻で電話が磁石式から共電式に(昭和25年9月28日) 昭和25年9月28日の岩手日報より。 花巻町の電話が、磁石式から共電式に変更になる旨、花巻電話局に通知があった。 近く本格的な工事に取り掛かるということで、花巻町が「花巻市」になることを見込んで、余裕のある要領にするように計画されるといい、共同線の「鈴なり電話」も解消される見込みであるという。 &n… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 12日 1950 盛岡電話局は機械も古く人手不足(S25.1.12岩手新報) 盛岡電話局管内の加入電話数は1573件であったというが、機械も古く人手不足で、容量はなかったのだと言う。 特に、日中の県庁や市役所は最も通話数が多かったのだという。 … 続きを読む
l全県 4月 4日 1943 電話供出に赤誠(昭和18年4月4日) 昭和18年4月4日の新岩手日報より。 国家総力戦の下、重要生産場面の重点要求に応じて、仙台逓信局では、2月16日から管内重要局に呼びかけて、不要不急の電話の供出運動を開始した。 3月31日をもって締め切ったが、105個と言う好成績に達した。 仙台39 塩竈9 青森13 八戸3 盛岡4 秋田13 山形… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3月 28日 1943 釜石の電話が共電式に(昭和18年3月28日) 昭和18年4月1日の新岩手日報より。 釜石郵便局の電話方式が、3月28日から共電式に改正されると言う。 この電話は、エボナイト製のスマートなもので、小声で通話しても非常に感度は良く気持ちよく通話できるのだと言う。 仙台逓信局からは工務部長と電務課長が来て、作業の陣頭指揮に当たった。 新しい方式の電話… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 4月 20日 1938 江刺郡広瀬村「仙台逓信局さん!せめて役場と郵便局だけでも電話を!」 昭和13年4月20日の岩手日報より。 江刺郡広瀬村では、バス路線からも遠ざけられ、電話も無いという状態だった。 それで、役場では昭和13年度の予算で村役場と郵便局に電話機を付けることにした。 そして村長は前日19日に仙台逓信局を訪れ「回線を引いてほしい」と請願したのであった。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12月 26日 1926 金ヶ崎にも特設電話が開通・電話番号(昭和元年12月26日) 昭和元年12月26日の岩手日報より。 金ヶ崎にも特設電話局が開局し、電話番号一覧は以下の通りとなる。 ちなみに特設電話局制度については「台温泉に電話局が開局」(S元.12.26)の項を参照。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 12月 26日 1926 花巻の台温泉に特設電話局が開局・電話番号一覧(昭和元年12月26日) 昭和元年12月26日の岩手日報より。 花巻温泉郷の一角・台温泉に特設電話局が開局し、その台電話局に加入する電話番号一覧も皇国に掲載された。 「特設電話局」とは? 主要な都市にしか電話が無かった当時、地方への電話の設置は後回しになっていた。 そこを、地元住民が資金を負担する形で電話局を開局したのが「特… 続きを読む