備考※3

釜石市内に残る3つの難所(昭和42年11月20日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石市内に残る3つの難所(昭和42年11月20日)

昭和42年11月20日の岩手東海新聞より。 国道45号線は改良工事が進んでいたが、交通量はそれ以上に増大していた。 釜石市の繁華街での国道では、難所は3カ所もあって、市民の不安は広がっていたと言う。 陸橋でバイパスを作って市街地を一跨ぎさせてはと言う計画も、10億円とも20億円とも言われる膨大な事業…
きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日) e釜石・遠野・上閉伊郡

きれいになった釜鉄桟橋(昭和42年11月18日)

昭和42年11月18日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所では、荷役作業の能率向上と環境整備による災害防止の効果を狙い、桟橋改善工事を行っていた。 工事は、桟橋クレーンの延長と軌道改良に伴い舗装化に重点が置かれ、これまで一部ゴタゴタしていた荷役作業現場もスッキリして、気持ちよく働けると作業員から喜ばれた…
一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日) i一関・西磐井郡

一関・キューピー移動交通公園の開設から早1年(昭和42年11月6日)

昭和42年11月6日の岩手報知より。 一関の交通移動教室「キューピー公園」を昭和41年11月23日に誕生して、早1年を迎えることになったと言う。 この1年間で開催した日数は90日、利用した人数は60,000人を数えると言う。 キューピー公園は、自動信号機はもとより、横断歩道、見通しの悪い場所、鉄道踏…
釜石・中妻都市計画の西銀座街の舗装化が始まる(昭和42年11月4日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石・中妻都市計画の西銀座街の舗装化が始まる(昭和42年11月4日)

昭和42年11月4日の岩手東海新聞より。 釜石駅の西側となる中妻の都市計画の中心となる地域の幹線道路の舗装作業が始まった。 この幹線道路は、及新マートを中心とした中妻都市計画の目であり、これが完成すれば、八雲小学校の前の保留地処分何個も一定の解決を見ると言うことを期待されていた。  …
一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日) i一関・西磐井郡

一関・キューピー移動交通公園に新たな施設完備(昭和42年11月4日)

昭和42年11月4日の岩手報知より。 11月1日から3日にかけて、交通安全展示会が行われたが、この開催期間中の同乗見学や交通教室利用者は約30,000人であったと言う。 ここで使われた見通しの悪い道路、鉄道踏切用の機関車模型や軌道は今をキューピー移動交通公園に加えられ、学校、幼稚園、遊園地などを巡回…
ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(昭和42年11月4日) e釜石・遠野・上閉伊郡

ブラザーミシンが釜石に沿岸サービスセンターをオープン(昭和42年11月4日)

昭和42年11月4日の岩手東海新聞より。 ブラザーは、釜石に「沿岸サービスセンター」をオープンするという。 場所は、釜石駅から大渡橋を渡ってすぐのところだった模様。 ところで橋上市場は「橋上マーケット」と呼んでおり、幹部社員は男子しか募集していなかった時代。    …
大槌町消防団常備部が消防団に昇格か(昭和42年11月2日) e釜石・遠野・上閉伊郡

大槌町消防団常備部が消防団に昇格か(昭和42年11月2日)

昭和42年11月2日の岩手東海新聞より。 大槌町の消防団常備部は、設置以来10年余りとなっていた。 この消防団常備部は、町の厚生課所管となっており、公務員法を適用して町職員待遇となっていた。 指揮命令系統は消防団にあるが、組織上は厚生課にあると言うことで、チグハグな面も目立っていた。 それで、消防署…
釜石日活富士館で「みな殺しの拳銃」「対決」「若社長大奮戦」を公開(S42.11.1岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石日活富士館で「みな殺しの拳銃」「対決」「若社長大奮戦」を公開(S42.11.1岩手東海新聞)

釜石日活富士館で「みな殺しの拳銃」「対決」「若社長大奮戦」を公開する。 「みな殺しの拳銃」は昭和42年9月6日初公開の日活作品で、出演は宍戸錠・二谷英明・沢たまき等。 「対決」は昭和42年9月6日初公開の日活作品で、出演は小林旭・高橋英樹・中谷一郎など。 「若社長大奮戦」は昭和42年4月15日公開の…
盛岡日活で「赤い殺意」「白の人造美女」「恍惚の夜」公開!成人向けです(昭和42年5月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡日活で「赤い殺意」「白の人造美女」「恍惚の夜」公開!成人向けです(昭和42年5月13日)

昭和42年5月12日の岩手日報の広告欄より。 盛岡日活では5月13日から「赤い殺意」と「白の人造美女」と「恍惚の夜」を公開する。 いずれも成人指定で18際未満お断り。 「赤い殺意」は昭和39年6月28日初公開であり、これが封切りとは思えないタイミング。 社会派ドラマとなる。 「白の人造美女」は若松孝…
盛岡松竹で「愛の讃歌」「春日和」封切します!(昭和42年5月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡松竹で「愛の讃歌」「春日和」封切します!(昭和42年5月13日)

昭和42年5月13日の岩手日報の広告欄より。 盛岡松竹で「愛の讃歌」と「春日和」を封切するという。 いずれも初公開は昭和42年4月29日で、タイムラグは2週間程度。 「愛の讃歌」は山田洋次が監督で倍賞千恵子が主演。 後年の「男はつらいよ」とスタッフやキャストがずいぶん被っているが、当時はまだ「五社協…