一関中学の野外教練で卒倒者続出(昭和4年9月2日)

昭和4年9月5日の岩手日報より。

一関中学校(現:一関一高)では、9月2日に夏休み明けの始業式を行うことになった。

では、9月2日に夏休み明けの始業式を行うことになった。

ところが、この時期、後者の第1期工事が終了したものの、内部が全く完成していなかったので、毎日2時間の野外教練を行うことになった。

始業式では、配属将校による軍事が20分にわたり行われ、校長からも訓示を述べた歳、17名の生徒が殺到したので大騒ぎになった。

手当てをしてまもなく回復はしたものの、原因は日射病による脳貧血ではないかとされた。

これを見た校長は「諸君は夏休み中、あまりに不しだらな生活を続けてきたからこんなことになるのだ」と訓示した。

そうしたところ、その校長の実施である3年生の生徒までが卒倒した。

これに対し、府警一同は校長に対し非難が殺到した。

 

 


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