一関小学校の児童宅で最も多い楽器は三味線とハーモニカ(S8.2.1岩手日報)

昭和8年2月1日付の岩手日報に掲載された「三味線とハーモニカ ― 最も多かった二つ」という記事は、当時の家庭における音楽文化の変遷を鮮やかに描き出しています。一関小学校が情操教育の参考資料として、児童の家庭にある楽器を調査したこの記録からは、和の伝統と洋の新しい波が混ざり合う、当時のモダンな生活風景が浮かび上がってきます。

記事によると、和楽器では三味線が75挺と最も多く、次いで琴が52面、尺八が21管と続きます。大正琴が18面あるほか、琵琶や鼓、さらには子供三味線といった種類まで挙げられており、和の調べが日常の嗜みとして深く根付いていたことがわかります。

一方で洋楽器の普及には目を見張るものがあります。中でもハーモニカは284本と、三味線の4倍近い圧倒的な数字を記録しています。安価で手軽に手に入るハーモニカが、当時の子どもたちの間でいかに爆発的な人気を博していたかが伺えます。また、バイオリンが61挺も普及している点は驚きですが、対照的にピアノはわずか1台しかなく、当時のピアノがいかに高嶺の花であったかを物語っています。そのほかにもマンドリン、オルガン、さらにはクラリネットやトロンボーン、手風琴(アコーディオン)といった多彩な楽器の名が並んでおり、地方都市における音楽の多様性に驚かされます。

さらに興味深いのは「娯楽器具」として挙げられたラジオと蓄音機の数です。ラジオが131台、蓄音機が130台とほぼ同数になっており、大正末期に始まった放送文化が急速に家庭へ浸透し、レコード鑑賞と並ぶ主要な娯楽となっていた時代の転換点が如実に示されています。

今から90年以上前、一関の子どもたちの家庭には三味線の音色とハーモニカの調べが共存していました。この記事は、単なる楽器の集計データを超えて、新しい時代の音を受け入れようとしていた当時の人々の息遣いを今に伝える貴重な史料といえるでしょう。


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