徴兵検査の甲種合格は下閉伊郡が1位(S9.9.1岩手日報)
昭和9年9月1日付の新聞に掲載されたこの記事は、当時の岩手県における若者たちの身体的成長と、地域ごとの徴兵検査の結果を詳しく伝えています。見出しには下閉伊郡が県内で第1位の合格率を記録したことが掲げられており、当時の社会において徴兵検査の結果がいかに重要な地域の関心事であったかがうかがえます。
記事の本文によれば、本年度の徴兵検査における甲種合格率は、下閉伊郡が36.99%で首位となり、続いて和賀郡、紫波郡、稗貫郡などが高い数値を記録しています。特筆すべきは、当時の厳しい社会情勢の中にありながらも、若者たちの体格の変化が極めて詳細に報じられている点です。
具体的に管内の平均値を見ていくと、身長は1.594メートルで前年比0.011の減少となっている一方、体重は54.573キロで前年比0.203キロの増加を示しています。身長がわずかに減少に転じつつも体重が増加しているというこの微細な変動は、当時の栄養状態や生活環境の複雑な変化を如実に物語っています。
さらに、この記事が伝えるもう一つの深刻な側面が、教育や訓練の状況です。兵役前の教育を担う「青年訓練所」の終了者が前年比でほぼ半減しており、全壮丁(検査対象者)に占める割合はわずか19.04%にとどまっています。昭和9年は東北地方を冷害と凶作が襲った年であり、若者たちが教育の場に通うことすら困難なほど、厳しい労働や家計の維持に追われていた当時の農村の窮状が、この「半減」という数字に色濃く反映されています。
このように体格や教育状況が強調されている背景には、国家による国民の体力・教育向上策がありました。農村部の困窮が深刻化する中で、次代を担う若者たちの心身のデータは、国家の基盤を確認するための重要な指標として扱われていたのでしょう。
90年以上前の昭和9年9月1日に、岩手の人々がどのような眼差しでこの記録を読んでいたのかを想像すると、当時の社会が抱えていた期待と、数字の裏に隠された生活の苦しさが伝わってくるようです。紙面に並ぶ19.04%という数字や小数点第3位まで及ぶ体格の記録は、激動の時代を生きた若者たちの実像を今に伝える、極めて切実な証言となっています。