千厩に「たばこ神社」(S16.11.1新岩手日報)

岩手県東磐井郡千厩町において1941年11月1日に執り行われた煙草神社の鎮座祭についてお伝えします。当時の新岩手日報の紙面には、県南の耕作者たちによる報恩感謝の念が結実し、まさに新聞発行の当日である11月1日午前10時から厳かな儀式が執行される様子が報じられています。

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この神社建立の背景には、この地における葉タバコ栽培の極めて深い歴史があります。東山煙草耕作組合連合会の千葉組合長は談話の中で、その起源を伊達政宗公の時代まで遡る400年の伝統であると語っています。仙台藩祖である政宗公が自ら御料煙草として植えさせたのが始まりとされ、この地域で育まれた葉タバコは東山葉という独自のブランドとして全国にその名を知られてきました。江戸時代から連綿と続くこの誇り高い伝統を後世に伝え、神々の加護に感謝を捧げる場として煙草神社は築かれました。

また、当時の社会情勢を反映した動きも色濃く反映されています。紙面では専売局千厩出張所の今野所長が新農道に徹せよという訓示を寄せています。当時の専売局は大蔵省の外局として国家財政の根幹を担う強大な権限を持っており、一関のような主要都市ではなく産地の中心である千厩に出張所が独立して置かれていた事実は、東磐井がいかに重要な生産拠点であったかを如実に物語っています。

太平洋戦争開戦のわずか1ヶ月前という緊迫した時代において、400年にわたる民間の伝統的な誇りと、専売局という官による国策への督励、そして神社という信仰の三者が一体となってこの事業を成し遂げたことが紙面から伝わってきます。煙草神社は単なる産業の記念碑ではなく、地域一丸となって激動の時代を乗り越えようとした千厩の人々の精神的な支柱であったと言えるでしょう。


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