映画配給社発足(S17.4.1新岩手日報)

紅系・白系じゃないの?昭和17年の新聞に見る映画配給「黄白」の謎

昭和17年(1942年)4月1日。この日は日本の映画史において、大きな転換点となった日です。
今回、当時の『新岩手日報』の紙面から、既存の映画史の記述とは異なる興味深い記述を見つけました。


1. 「映画配給社」の誕生と一元化

記事の見出しには「配給一元化へ」「興行公益性の前進」と力強く躍っています。

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これまでは各映画会社(松竹、東宝、大映など)が独自に行っていた映画の配給が、この日から「社団法人映画配給社」という一つの組織に完全に統合されました。

これは単なるビジネスの効率化ではなく、国策として「どんな映画を、どこで上映するか」を完全にコントロール下に置くための措置でした。

2. 定説の「紅系・白系」と、謎の「黄白」

映画史の教科書でよく語られるのは、全国の映画館を2つのネットワークに分けた「紅系(べにけい)」「白系(しろけい)」の二系統配給制度です。

  • 紅系:主に松竹・大映系の作品を上映
  • 白系:主に東宝・大映系の作品を上映

ところが、今回紹介する新岩手日報の記事(昭和17年4月1日付)をよく見ると、驚くべき一節があります。

「地域的に黄白(こうはく)に分け一系統に付き指定された……」

ここで「紅白」ではなく「黄白」という言葉が使われているのです。単なる誤植か、あるいは制度発足の瞬間にのみ存在した呼称案なのか……。当時の生々しい新聞記事に「黄白」と刻まれている点は、歴史の断片を感じさせる非常に貴重な資料です。

3. 大映と日活、激動の舞台裏

「制作会社は松竹・東宝・大映の3社なのに、配給はなぜ2系統なのか?」という疑問が湧きますが、ここには当時の複雑な業界再編が絡んでいます。

配給系統 主な供給メーカー
紅系 松竹 + 大映(旧新興・大都系)
白系 東宝 + 大映(旧日活制作系)

大映は、日活・新興キネマ・大都映画の3社が統合して誕生したばかり。制作本数を維持するため、紅と白の両方の系統に作品を供給する「二股」の役割を担っていました。

一方、名門・日活はこの統合によって制作部門を大映に譲渡させられ、自社で映画を作れない「冬の時代」に突入します。この新聞記事に躍る「一元化」の文字は、日活という巨星が一旦スクリーンから消えた歴史の証人でもあるのです。


まとめ:一次史料が教える歴史の呼吸

「紅系・白系」という歴史の定説も、当時の地方紙を紐解くと「黄白」という意外な記述にぶつかる。これこそが、一次史料を読み解く醍醐味です。

自由な興行が許されず、映画が完全に国家の管理下に置かれた昭和17年。一枚の古新聞から、当時の映画人たちの苦労と、娯楽を守ろうとした時代の熱気が伝わってきます。

あなたは「黄白」の記述、どう読み解きますか?


showa
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