釜石の電話が共電式に(S18.4.1新岩手日報)
昭和18年4月1日付の新岩手日報によれば、岩手県内で2番目に市制を施行し重工業都市として発展を続けていた釜石市において、通信網の劇的な刷新が行われました。

当時は逓信省の管轄下で郵便と電話が一体となって運営されており、電話交換業務の拠点であった釜石郵便局には、仙台逓信局から石田工務部長や安田電務課長といった幹部が自ら乗り出しました。現場では安田電務課長らが陣頭指揮を執り、岩手県内各局から集められた熟練の電話技術者たちとともに、地上インフラである交換設備の全面更新や回線網の整備、そして交換事務の指導にあたるという極めて重視された体制が敷かれました。
この新方式への移行は、単に電話機を取り替えるだけでなく、郵便局内の設備を根本から作り直す大規模なものでした。それまでの磁石式電話機では、利用者が本体のハンドルを回して発電し、郵便局側のベルを鳴らして交換手を呼び出していましたが、新たに導入された小共電式では、受話器を持ち上げるだけで局側のランプが点灯し、即座に交換手に繋がるようになりました。この進化を実現するため、郵便局側にはすべての加入者へ電力を供給するための巨大な共通電源設備が新たに設置され、電線網も常に電流を流し続ける仕組みに適した精度の高いものへと改修されました。これにより利用者は電池切れによる感度低下の不安から解放され、常に安定した明瞭な音声で通話ができるようになりました。
機器の構造面でも大きな変革が見られました。大きな電池ボックスや発電用ハンドルが不要になったことで、筐体は総エボナイト製の小型で洗練された意匠へと生まれ変わりました。記事の中でスマートと形容されている通り、近代化を誇る釜石の人々にとって、この黒く光る新型電話機は最先端の象徴でした。
通話の終了手順も劇的に簡略化されました。従来の磁石式では通話後にもう一度ハンドルを回して終了の合図を送らなければ回線が開放されませんでしたが、共電式は受話器を置くだけで自動的に通信が切断されるようになりました。操作の手間が減り通話品質が向上したことで、昭和18年3月28日の開通初日には、物珍しさも手伝って平常時の3倍を超える通話が殺到しました。不慣れな新式交換台に向かい、次々と交錯する膨大な通信を鮮やかにさばき切った交換嬢たちの手際は、居合わせた人々を感嘆させるほどのものでした。このように、仙台逓信局の幹部が見守る中で行われた通信網の刷新は、戦時下の緊迫した状況にあっても、重要拠点である釜石の街に確かな技術の進歩をもたらしました。
