富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(S25.1.14岩手新報)
昭和25年1月14日付の岩手新報を広げると、戦後間もない時代の熱量と殺伐とした空気が混ざり合った、驚くような事件が目に飛び込んできます。
紙面の中心を飾るのは、盛岡市紺屋町にある富士銀行盛岡支店に掛かってきた1本の怪電話です。前日の午前11時頃、若い関東弁の男から今夜6時30分頃に強盗に行くから十分警戒して準備しておけという、あまりに大胆不敵な予告が届きました。
この脅迫に対し、応対した橋本支店長の対応が実に見事です。支店長は少しも怯むことなく、来るなら何時でも来い、ただし死を覚悟して来いと一喝してのけたのです。この凄まじい気迫に押されたのか、犯人はお前はどこから電話をかけているのかという問いかけに対し、今は新田町のある呉服屋からだと口走って電話を切りました。
しかし、その後の警察の捜査により、犯人の言葉は嘘であったことが判明します。実際に電話が掛けられたのは新田町ではなく、青山町の公衆電話からでした。犯人は居場所を偽ってまで挑発を続けていたわけですが、当時の警察が迅速に発信元を突き止めている点に捜査の執念を感じます。
同じ紙面には、東磐井郡で20歳の娘が結婚問題を巡り実の父親の首を絞めたという凄惨な未遂事件も掲載されています。父を殺して自分も死ぬつもりだったという供述からは、当時の若者が直面していた出口のない苦悩が伝わり、銀行強盗予告の奇妙な騒動とは対照的な重苦しさを漂わせています。
さらに視線を移すと、二戸方面の金融機関増設をめぐる地域経済の動きなども報じられており、事件の影で一歩ずつ復興へ歩みを進める当時の岩手の姿が多層的に描き出されています。
たった1枚の古い新聞記事ですが、死を覚悟して来いと言い放つ銀行員の矜持や、関東弁の謎の予告犯、そして家族の悲劇。そこには、教科書には載っていない昭和25年のリアルな岩手の姿が刻まれています。
