盛岡市内各店の広告欄(S26.4.23夕刊いわて)

昭和26年4月23日発行の夕刊いわてを広げると、そこには終戦から数年が経ち、復興へと向かう盛岡の活気ある日常が鮮やかに描き出されています。

紙面の下部に並ぶ広告を眺めてみると、まず目に飛び込んでくるのは春を謳歌する力強い言葉です。肴町の「花王堂」は、春だサクラの装飾だと景気の良いコピーを掲げており、製造元ゆえ絶対安いという文句に当時の人々の暮らしへの寄り添いを感じます。この花王堂が2025年の今もなお肴町で暖簾を守り続けているという事実は、盛岡の商業史における一つの奇跡と言えるかもしれません。

また、スポーツ用品を扱う「藤沢体育堂」の広告も見逃せません。当時は材木町に店舗を構えていたようですが、その後は大通り、そして現在は青山へと場所を変えながらも、70年以上の時を超えて現役で営業を続けています。社会人も学生も是非一度と呼びかける文面からは、戦後の復興期にスポーツを通じて心身の健康を取り戻そうとした当時の市民の熱気まで伝わってくるようです。

他にも、川徳デパートの向かいにあった和服専門店の「京屋」、仁王通りで最新型の乳母車を取り揃えていた「十一屋乳母車店」、そして予算以上の満足を掲げる折詰仕出しの「田屋」など、今では姿を消してしまった店名も並んでいます。しかし、レトロな乳母車のイラストや丁寧な言葉遣いからは、当時の盛岡に流れていた穏やかで誠実な時間が確かに感じられます。

激動の昭和を生き抜き、令和の今もなお街に明かりを灯し続ける花王堂と藤沢体育堂。古い新聞の片隅に並んだこれらの広告は、単なる宣伝の記録ではなく、盛岡という街が刻んできたたくましい歩みを教えてくれる貴重なタイムカプセルと言えるでしょう。


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