第6回県民体育大会(S29.7.3岩手日報)

昭和29年7月3日付の岩手日報は、初夏の緑に包まれた盛岡市を舞台に、県民のスポーツ祭典である第6回県民体育大会が華々しく幕を開けた様子を伝えています。

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大会の中心となったのは盛岡市上田にあった県営グランドで、開会式には県内各地から22の郡・市別に代表が送られ、約5000人の若き選手たちが集結しました。当時は、市制が施行されていた盛岡釜石宮古一関大船渡花巻北上水沢の8市と各郡がそれぞれ代表を送り出しており、午前9時の時報とともに、先頭の大会旗に続いて前年度優勝の盛岡市、さらには各地区の代表が堂々の入場行進を披露しています。当時の国分県知事や山中県議長、山内教育長らが見守るなか、選手たちは日頃の鍛錬の成果を誓い、スタンドを埋め尽くした観衆からは大きな拍手が送られました。

競技面では初日から目覚ましい成果が上がっており、特に陸上競技の女子走り高跳びにおいて、二戸の田口選手が1メートル42の県新記録を樹立したことが大きく報じられています。写真には、高く舞い上がるジャンパーの躍動感あふれる姿や、力強いフォームでトラックを駆け抜ける選手たちの様子が捉えられており、戦後の復興期を経てスポーツが県民の大きな活力となっていたことがうかがえます。このほか、卓球や相撲、バレーボールといった各競技でも、郷土の誇りをかけた熱戦が繰り広げられました。

紙面の中ほどには、当時の岩手の基幹産業である農業に関する切実なニュースも掲載されています。冷害への懸念が広がるなか、キャベツの生産予想が800万貫に達するという見通しが立てられており、食糧事情が現代とは異なる時代において、農産物の収穫見込みが県民の生活に直結する重大な関心事であったことが読み取れます。

また、紙面下部の広告欄や短信欄には、当時の社会状況が色濃く反映されています。地元で親しまれていたヤマセ醤油や味噌の広告に加え、アルゼンチンへの漁業移民のために2隻の船が建造されたというニュースは、新天地を求めて海外へ渡る人々がいた時代の記録です。他にも、石割桜で有名な盛岡の風景の中で行われるサイン会や、地域での釣り大会の告知など、人々のささやかな日常の愉しみも綴られています。

この日の新聞は、スポーツの祭典という華やかな話題を軸にしながらも、冷害という自然の厳しさ、そして海を渡る移民の決意といった、昭和20年代末期の岩手が抱えていた光と影、そして明日への希望を克明に映し出しています。


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