サンフランシスコ講和条約発行、岩手では(S27.4.28岩手日報)
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【歴史の1ページ】1952年4月28日、日本が主権を回復した日。岩手日報の紙面から振り返る
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今から70年以上前の1952年(昭和27年)4月28日午後10時30分。サンフランシスコ講和条約が発効し、日本は7年間にわたる連合国軍の占領下から脱し、独立国家としての主権を回復しました。
今回は、その歴史的瞬間を報じる当時の「岩手日報」の紙面を読み解きながら、当時の日本、そして岩手がどのような空気に包まれていたのかを振り返ります。
1. 「占領七年ここに独立」躍る大きな見出し
紙面中央に堂々と掲げられた「占領七年ここに独立」の文字。記事では、ワシントンで条約の批准書が寄託され、日本が国際社会の一員として復帰したことが誇らしく報じられています。
「日本は完全な主権国家として国際社会に復帰する。終戦以来七年、連合軍の占領下にあった日本は、この時刻をもって再び世界の独立国としての歩みを始めることとなった。」
長く苦しい戦後復興の途上にあった人々にとって、この「独立」の二文字がどれほど重く、希望に満ちたものだったかは想像に難くありません。
2. 全国的な慶祝ムードと「恩赦」の実施
紙面の下部には「百二十万人に恩赦」という大きな見出しも見えます。独立を祝い、新しい国の門出を象徴する出来事として、全国規模で恩赦が実施されました。また、各地で祝賀行事が行われ、新しい時代の幕開けを国民全体で分かち合おうとする様子が伝わってきます。
3. 岩手の復興と人々の暮らし
国家の大きな転換点にあっても、人々の関心は「これからの生活をどう良くしていくか」という足元の復興に注がれていました。
4. 時代を感じさせる広告欄
紙面下部の広告欄に目を向けると、ウサギのキャラクターが描かれた「フロイゼン(血療剤)」の大きな広告があります。「体内のどく血を洗う」といった、現代とは異なる当時の健康観や宣伝文句も、非常に興味深い歴史の資料です。
結びに:4月28日を忘れない
1952年4月28日。この日、私たちの先達はどのような思いで夜空を見上げ、明日からの自由な日本に夢を馳せたのでしょうか。
色褪せた新聞の紙面は、単なる古い紙切れではありません。そこには、今の私たちの暮らしの礎となった「独立」という大きな転換点と、懸命に生きた人々の息遣いが刻まれています。
