山田線が宮古まで開通(S9.11.6岩手日報)
1934年11月6日
2026年2月28日
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【歴史秘話】昭和9年11月6日、三陸に歓喜の汽笛が響いた日 ―― 山田線「宮古開通」の熱狂

今から約90年前、昭和9年(1934年)11月6日の「岩手日報」の紙面です。そこには、盛岡と宮古が鉄路で結ばれた瞬間の、爆発するような喜びが記録されていました。
1. 躍動する巨大な見出し「歓びの日けふぞ!」
まず目に飛び込んでくるのは、現代の新聞ではなかなか見られないほどの力強い大見出しです。
『歓びの日けふぞ!大動脈は貫通す』
『更生から躍進へのスタート』
北上山地という険しい地形を克服し、ついに「陸の孤島」と呼ばれた三陸と県都・盛岡がつながった。当時の人々にとって、この開通がいかに地域の未来を照らす希望の光であったかが、この文字の大きさから伝わってきます。
2. 写真が語る「大宮古建設」への邁進
紙面には、完成したばかりのモダンな宮古駅舎の写真や、地元の有力者たちが誇らしげに語るインタビューが並んでいます。
記事では「此の開通を機とし、大宮古建設に邁進」と謳われており、単なる鉄道開通に留まらず、港湾整備や産業振興を含めた壮大な都市計画への熱意が感じられます。
3. 時代を映す「祝・開通」広告の数々
非常に興味深いのが、紙面下部の広告欄です。街全体がお祭り騒ぎだったことが分かります。
- 🛍️ 「川徳」の祝開通記念セール:盛岡の老舗百貨店も、この歴史的瞬間を大売出しで祝っています。
- 👗 「永卯別館」の福引セール:婦人子供洋品の文字が並び、当時のモダンな暮らしの一端が垣間見えます。
鉄道の開通は、物資の流れだけでなく、人々のファッションやライフスタイルまで変えていく大きな転換点だったのですね。
結びに:90年の時を超えて
この新聞が発行された日から約90年。山田線は震災という大きな試練を乗り越え、現在は三陸鉄道へとバトンを繋いでいる区間もあります。
昭和9年の人々が見た「躍進への夢」は、今も私たちの街の礎となっています。この古びた紙面から、先人たちの情熱と力強さを改めて分けてもらったような気がします。
(貴重な資料を大切に保存していきたいと思います)
