山田線が開通した山田町の賑わい(S10.11.18岩手日報)

【アーカイブ】昭和10年11月、山田線が「山田」へやってきた日

投稿日:2024年(資料:昭和10年11月18日付 岩手日報)

今回ご紹介するのは、今から約90年前の貴重な紙面。昭和10年11月18日付の岩手日報です。

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前日の11月17日、後のJR山田線、現在の三陸鉄道の一部である宮古〜陸中山田」間が延伸開業しました。三陸の鉄路がまた一歩、南へと伸びた歴史的な瞬間です。


1. 山田町に「第一列車」が到着!

紙面中央を飾るのは、陸中山田駅に滑り込む蒸気機関車の雄姿と、それを取り囲む黒山の人だかりです。

  • 奉祝アーチ: 駅前には巨大なアーチが設置され、町全体が祝賀ムードに包まれています。
  • 有志1,200名の熱気: 記事によれば、1,200名もの人々が祝賀会に臨席。当時の山田町にとって、鉄道の到来がどれほど大きな出来事だったかが伺えます。

「第一列車!陸中山田駅に入る」――見出しの躍動感から、当時の記者の興奮が伝わってくるようです。

2. 昭和9年の「宮古開通」との違い

歴史ファンとして注目したいのは、記事の扱いです。前年の昭和9年、盛岡から宮古までが開通し「初めて山を越えて鉄路が海へ到達した」時の大ニュースぶりに比べると、今回の延伸はやや落ち着いた報道となっています。

しかし、釜石までの「全通(昭和14年)」を前に、まずは町名にもなっている「山田」まで線路がつながったことは、地元住民にとって何物にも代えがたい喜びだったに違いありません。

豆知識:山田線の歩み

昭和9年 盛岡宮古間が開通(三陸への第一歩)
昭和10年 宮古〜陸中山田間が延伸(今回の記事)
昭和14年 陸中山田〜釜石間が開通。ついに全線開通へ
古い新聞を読み解くと、今の風景がまた違って見えてきますね。
三陸の鉄路が刻んだ一歩を、私たちはこれからも語り継いでいきたいものです。

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