双葉山ついに敗れる(S14.1.16新岩手日報)
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昭和14年1月16日、岩手の空に響いた二つの「衝撃」
先日、手元にある大変貴重な資料を見返していました。昭和14年(1939年)1月16付の「新岩手日報」です。

この日は、相撲史における最大の事件の一つ、横綱・双葉山の連勝が「69」で止まった翌日にあたります。しかし、当時の地元紙を広げてみると、現代の私たちが想像するのとは少し異なる「温度感」が見えてきました。
■ 双葉山の敗北よりも「上」にあったもの
紙面を開いてまず目に飛び込んでくるのは、最上段に躍る大きな見出しです。
「盛商奮戦遂に及ばず 松尾軍継走に制覇」
実はこの日、紙面で最も大きく扱われていたのは、スキー選手権における「松尾鉱山」の快進撃でした。現代の感覚では「双葉山敗れる!」がトップニュースになりそうですが、当時の岩手において、スキー選手権、とりわけ圧倒的な強さを誇った「松尾軍」のニュースは、何物にも代えがたい郷土の関心事だったことが伺えます。
東洋一の硫黄産出量を誇り、山の上に一つの都市を築いていた松尾鉱山。その資本力と士気に裏打ちされたスキー部の強さは、まさに当時の岩手の誇りそのものだったのでしょう。
■ 淡々と報じられた「世紀の大金星」
一方で、中段の左側に目を移すと、ひっそりと、しかし重い事実が記されています。
「無敵双葉山遂に敗る 燦たる安芸海の外掛け」
不世出の横綱・双葉山が安芸海に屈し、69連勝でストップした歴史的瞬間です。驚くべきは、その「淡々とした」報じ方です。スポーツ記事の一つとして冷静に、落ち着いたトーンで構成されており、過度な煽りはありません。かえってその静けさが、当時の人々がこの大ニュースをどのように受け止めたのか、想像をかき立てます。
■ 時代の空気感を映し出す紙面
スキーと相撲という二つの大きなニュースの傍らには、当時の時代背景も色濃く反映されています。
- 「戦死の節はと招魂社資金へ」という軍事関連の告知
- 「ふら油(天ぷら油)」「共同火災」といった生活感あふれるレトロな広告欄
これらが双葉山の敗戦記事と同じ紙面に並んでいる様子は、まさに昭和14年という激動の入り口に立つ日本の縮図のようです。
■ 結びに
一つの「不滅の記録」が途絶えた瞬間と、地元・岩手の「最強軍団」が雪原で上げた勝鬨(かちどき)。
一枚の古い新聞は、教科書に載るような歴史的事件だけでなく、当時の人々が何に熱狂し、どんな日常を送っていたのかを鮮やかに教えてくれます。セピア色の紙面から伝わってくるのは、記録以上に濃密な「岩手の冬」の熱量でした。
皆さんはこの紙面を見て、どのような情景を思い浮かべますか?
