盛岡の川徳が成人式セール(S39.1.11岩手東海新聞)
1964年1月11日
2026年1月11日
昭和39年1月11日の岩手東海新聞に掲載された川徳の全面広告は、当時の岩手県における経済地図を如実に物語っています。岩手東海新聞は釜石を中心とした沿岸南部を地盤とする地方紙であり、県都・盛岡にある川徳が、一関の岩手日日新聞や水沢の胆江日日新聞ではなく、あえてこの紙面にこれほど大きな広告を打った事実には深い意味が読み取れます。
当時の釜石はまさに鉄都としての黄金時代にあり、製鐵所の活気とともに労働者の所得水準は県内でも突出していました。この圧倒的な購買力を誇る釜石の若者層は、盛岡の百貨店にとって、山を越えてでも呼び寄せる価値のある極めて魅力的なターゲットだったことが伺えます。
一方で、当時の釜石には及新デパートや東殖デパートといった地元資本の商業施設が存在していましたが、一関の福原や千葉久、水沢のマルサンといった県南の百貨店群が地域で築いていたような、大手資本と渡り合えるほどの盤石な競争力は維持できていなかったのかもしれません。川徳がわざわざ沿岸の新聞に「成人の日」の特設広告を出した背景には、地元デパートでは満たしきれない、より都会的で洗練された高級志向への需要を、盛岡のブランド力が吸収しようとしていた構図が見えてきます。
成人式の晴れ着や背広を誂えるために、釜石から盛岡へと足を運ぶことが一種のステータスであった時代。この広告一枚から、鉄の街の隆盛と、それに呼応するように仕掛けられた百貨店同士の目に見えない勢力争いの温度感が鮮やかに伝わってきます。